第6話 どれにする?

 贔屓ひいきの店だと、案内された。紺色ののれんをくぐると、たくさんの反物はんものが並んでいる。


 少し暗めの印象を受ける店内からは、桐箪笥きりたんすの香りがほのかにする。

 


 

なごみ〜。仕立てが終わってる着物ってないかな〜?」

「はーい、奥にいるから中に来て〜」


 


 高めの声で、律さんとやりとりをする。

 

 奥からパタンパタン、と軽快に織物を織る音が聞こえて来た。音のする方へ進んでいくと、白の着物に青い髪。後ろで三つ編みで結んだ品のいい女性がいた。


 

 青色の瞳が、手元を照らすランタンにきらりと輝く。丸い形の柔らかな青色の目が、細められてふわりと微笑んでいる。


 細められた瞳にも、輝きを感じさせた。



「少しなら…… ってあら。人間のお客様? 可愛らしい子だねぇ、私は蛇の妖の和。よろしくね」



 その柔らかな雰囲気は、蛇を連想させない。強いて言うならば、機尋はたひろと言う布が蛇になる妖怪がいる。それぐらいだろうか。


 


「私は石川恋坡です」

「こんなに可愛いお嬢さんなら、なにを着ても似合うね! ささ、こっちに来て!」



 そう言って何着も仕立て終わった着物を出しては着せ…… 着せては脱がされ……と、着せ替え人形にさせられた。


 慣れてない着物を着付けされて、脱がされで私はぐったりし始めた。



(疲れたけど、こんなに楽しそうな和さんを見てると…… 言えないよなぁ)




「いぬのふぐりの花か、季節的に紫陽花か…どっちも捨てがたい……律は、どっちが良かった?」

「ん〜、こっちの桃色の牡丹の着物が好きだなぁ〜。でも着るのは恋坡ちゃんだし、好きなの選びなよ!」



(そうやって、2人が意見を言われた後に選ぶのってなかなか緊張するんだよね。2人して、キラキラとした目でこっちを見るのやめてください〜! さらに、緊張が増す!!)



 ん〜と悩みながら、脱がされた着物に目を通す。

 赤、緑、黄色、白……どれも素敵な柄と色の着物たち。正直、七五三や花火大会で着る浴衣でしか着たことがないので選ぶのが難しい。



 ここの妖たちは、子どもから大人まで皆が着物を着用していた。日常に溶け込んだ着物なら、私たちが選ぶ洋服感覚でチョイスができるだろう。



 悩みつつも、ひとつパッと視界に飛び込んできた。



「えっと、私は同じ牡丹ですけど……さっきの夢と同じ緑の着物が好きです」

「緑の夢、素敵ね! ……ねぇ律? もしかして説明もなく夢を取ったりしてないよね?」


 

 和さんは、じとっとした目つきで律さんを睨みつけた。それに対して何も答えず律さんは、ふいっと顔を背けて口笛を吹き出した。

 その律さんの行動はいかにも……



(私覚えてないんじゃなくて、説明もなく急に眠らされて夢を取られた?)



 和さんは頭を抑えて、大きなため息を漏らした。それは、私のことを同情してくれるかのようだ。

 喜怒哀楽がはっきりとしている和さんは、親しみを感じさせる。

 


 

「ハァ……ごめんね、恋坡ちゃん。夢を取られるの痛みとかもないし、そこは大丈夫だけど。嫌だよね、勝手に夢を取られるなんて」



(嫌もなにも、よく分からないうちに始まって終わったことなんですよね……)



「ま、まあでも。こうして街を案内してくださったり…… とても親切にしてもらってますし」

「なんて、いい子なの!! うちのお店の子になる?」


 

 そう言って、和さんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。苦しさを覚えつつも、先ほど思ったことをすぐさま頭の中で取り消した。


(うっ、くるし……! 蛇だ。この巻きつきかたは、間違いなく蛇ですね)



「だめだよ〜。恋坡ちゃんは、暖の奥さんになる子だから」

「え。暖さんのところに行くの? ……だめだめ。かわいそうじゃない」



(さっきの子供達は、いい人って言ってたのに。見る人によっては持つイメージが違うのかな?)



「あ、あの……私。そもそもここの世界のことも知らないし。その暖さんって方のことも知らないんです」

「律は、説明してくれないしね。災難だったねぇ。大丈夫! 私は何があっても恋坡ちゃんの味方だからね!」


 

 そう言って、子どもの頭を撫でるように私を優しく撫でてくれた。その優しさに、身を任せた。

 和さんから感じる温かさに、心配事なんて忘れてしまいそうだ。

 


(和さんがお母さんだったら、幸せだったろうなぁ)

 

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