第5話 セーラー服
空を見上げると、雲がふわりと浮かび風に流されて形を変えている。その空を見て、頭の中を整理しようとした。
(ええっと……狐を九尾にするために、私を連れてきた。それで、ここでその妖の嫁になって? いやいや待て待て? さっき精気を吸ってとか言ったよね。ということは、嫁という名の人間を食べるってことですか! 生き物にいるよねぇ。そういう結婚と言って食べて体に取り込むやつ)
もはや私の顔色は、青色になるほど憂鬱さが滲み出ている。自分は今から進んで食べられに行くのか。そんな問いを自分自身に問いかけた。
そんなのはもちろん嫌だ。しかし、逃げられる場所も身を隠す場所すらもない。八方塞がりでどうしようもなく、この状況を飲み込む以外に術はない。
胸に溜まった空気を大きく吐き出して、空に今の気持ちを投げつけることしかできなかった。
そんな話をしながら律さんのお店からずっと下り坂を下っていくと、街が見えた。
ここまで誰にも遭遇しなかったが、ここでようやく別の妖達を見かけるようになった。
傘に足が生えた妖が踊っていたり、猫が言葉を話していたり。
(本当に、妖怪の住む世界なんだ……人らしいのは、律さんぐらい、かな)
街の入り口にはここにも大きな梅の木が生えていた。美しくも大きな梅の花が、薄づきの桃色で華やかに出迎える。その出迎えがむしろ、恐ろしく感じた。
街に差し掛かるところで、私は律さんに声をかけた。
「あの! やっぱり……私、行くのやめます」
「なんで〜? 怖い?」
「怖いですよ! 私食べられるんですよね!?」
律さんは、一瞬目を見開いて驚いた。ぱちくりと瞬きを打ち、面白そうに笑い声を上げた。
「クククッ。面白いことを言うね。おとぎ話をしているのかな?」
「もはや、ここがおとぎ話の世界……」
「大丈夫!」
私の言葉をスルーして律さんは、私の腕を掴んで街に入っていく。表情には反論の声を上げるが、なんとか声には出さずに心の中に留めておいた。
(大丈夫? それは、律さんの立場だからそう言えるんだ。私と同じ立場にたてばそうも言ってられないんだよ!)
街に入るとすぐに、ウサギや狐の子供たちに囲まれた。小さくて、皆一様に私の腰ぐらいの高さだ。見上げてくるつぶらな瞳は、明るい光を帯びて輝かせている。
「りつだぁ! そのこだあれ!」
「にんげん!? もしかしてぇ」
律さんは、私を掴んでた腕を離し子供たちと同じ目線になる様にしゃがんだ。私に向けていた顔よりも数段柔らかく、声色すらも子供に向ける親そのものだった。
「はいはい。一気に話さないで〜。この子は石川恋坡ちゃん」
「こはちゃん!」
「「こんにちわぁ〜」」
私も子どもたちに話しかけられて、同じように目線を合わせた。膝を折って、セーラーのスカートを押さえた。
「あっ、えっと……こんにちは?」
「こはちゃんは、およめさんなの〜?」
「"だんにぃ" に会いにいくの?」
一気に話しかけられ、あたふたとしながらも子供たちの言葉を拾い上げていく。
(今から会いに行こうとしてた人……だん? って言う名前なのね?)
パンパンっと乾いた手のひらの音を鳴らして、子供たちを親の元に返そうとした。律さんと周りの子供達とは、信頼関係が築かれているようでその言葉にわっと声が上がる。
「そうそう〜。さぁ、お父さんお母さんのところに帰りなよ〜」
「「はーい。ばいばい、こはちゃーん!」」
(私、何も知らない。ここの世界も "だんさん" と言う人も)
律さんは子どもたちに手を振って見送ると、ぱっぱっと着物についた埃を払って立ち上がった。
「恋坡ちゃん、暖に会いに行こう。その前に……可愛いけど、その服じゃあ浮くから! 呉服店に行こうか〜」
律さんが、私の白に赤のセーラー服を指さす。
「……はい」
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