第2話 大切なこと

「染空さん、今良いかな?」

心にぽっくりと穴が空いた私の病室のドアが開いた。

看護師さんの声がしたから、私は返事をする。

「あ……、はい。」

「さっき言ったように、染空さんは2週間も生きられない。治す方法もなくて…。ただ、死を待つだけしかないの。私たちも出来る限りはしたいけれど…。」

看護師さんは泣きそうになって、つっかえそうな言い方で私に話しかけてくれる。

その言葉遣いだけで私を傷つけないように手を尽くしてくれていることが分かる。

希望を失った真っ白で無の世界。

その中に、唯一希望の光が差し込んできたみたいだ。

両親は、仕事が忙しい。

まだ、私が2週間以内に死ぬことも聞いていないだろう。

何しろさっき聞いた上に、両親は1週間に1回しか私を見に来ないのだから。

「それで、染空さんが毎日楽しく過ごせるように、私たちも協力したいんだ。一応、余命ってことだからね。」

余命……。

私は、看護師さんの言葉を聞いてハッとした。

私は、余命2週間、つまり余命14日間。

これだけの時間しかないのに、ショックで命が尽きるのは嫌だ。

私には、やるべき事がある。

「だからね。この紙に、染空さんのやりたい事、やってみたい事を書いて欲しいの。染空さんがやりたい事は、全て私たちが叶えるから。これが、看護師としての責任だよ。」

看護師さんは、優しく私の手を握ってくれた。

その手は暖かくて優しくて、まるで私の手に大丈夫だよ、と言っているよう。

私は、心にじわじわと広がるものを感じる。

それは、切なく儚い感情。

この看護師さんとも、お別れする時が来る。

「大丈夫。ずっと私たちがついてるよ、安心して。」

「……っ!」

私は、つい声を上げてしまった。

泣きそうだけれど、我慢しなければいけない。

なぜなら、心配させたくないから。

この病院は、この看護師さんは、私のためのものではない。

他にも、必要としている人がいるのだ。

私はどうせ2週間以内に死ぬ運命なのに、なぜこんなにも良くしてくれるのだろう。

もっと、生きる運命を背負っていて苦しい人もいるのに。

もっと、生きる希望がある人だっているのに。

私の脳裏に、次々と湧き出る感情が切なくて尊い。

死にたくない。

こんなにも優しい人の前で死にたくない。

消えたくない。

私は、自分で「やるべき事がある」と決心したのにも関わらず、思わず泣き出しそうになる。

もっと強くならなければいけない。

今の私は、まだ弱いのだ。

「もう、この話は終わりだね。これ以上、染空さんを悲しませたくないから。」

看護師さんは、私に気を使っているみたいだった。

「か、看護師さん…。あ、ありがとうござい、ました…。」

思わず「看護師さん」読みしてしまったのは何故だろうか。

震えた声が出たのは何故だろうか。

きっと、名前を知らないのと緊張だ。

私も、自分自身のことはよく分からない。

私が声をかけると、看護師さんはくるりと振り向いた。

そして笑顔を見せながら、

「ふふっ、名前でいいよ、染空さん。この名札に書いてあるけど、「春宮 染雨」って言う名前。染空さんと同じ、「染」の漢字が使われているの。お揃いだね、染空さんっ!」

と明るい声で言った。

春宮 染雨、さん。

とても看護師さんの雰囲気に似合う、とっても素敵な名前。

看護師さん———こと春宮さん。

私と一緒の漢字が使われているけど、ネガティブな私とは大違い。

私が思わず俯いてしまった、そのとき。

「染空さん、そんな顔しないで。これは心の問題でもあるんだよ。大丈夫、って思えば大丈夫だから。」

『大丈夫と思えば大丈夫だから』。

私は、春宮さんの言葉にハッときた。

大丈夫と思えば大丈夫。

私は大丈夫。

だから大丈夫。

私ならどんなに高い壁だって、どんなに硬い壁だって乗り越えていける。

私は、大丈夫なんだ。

そう思えばそう思うほど、春宮さんの言葉が1番今の私に合っている気がしてくる。

1番私に必要なことだと思う。

私は万が一死んでも、万が一生きていても、それなりに合った考えを持っていればやっていける。

ネガティブ思考しかしない人なんかじゃない。

私の人生は、私が決めるんだ。

春宮さんは、そんな風に決意した私の顔を覗き込んで、ゆっくり頷いた。

そして、にっこりと花が咲いたような笑顔。

その場が、その空気が、一気に暖かく和まれた。

そのような気がした。

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最期のおよそ14日間を生きる 夢幻 @yyamaguchi

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