第3話 誰にでもいつか来る日
母さんの葬儀は立派に行われた。俺を溺愛していたが、それと同じくらい母さんは兄貴たちも他のみんなも愛していた。愛の深い人だった。女神様はだから母さんを俺の転生先の母親に選んだのかもしれない。俺は葬儀の間、そんなことを考えた。
子供たちにとって祖母の死であったが、今回初めて会ったようなものだったのでいまいち悲しみが感じられないようだった。それよりも初めて会ういとこたちと親交を深めるのに忙しそうで、ケイトの後ろにカイトがくっついてあちこち回っているのが印象的だった。
マリィは俺の嫁としてよく働いてくれた。森育ちのマリィが都会育ちの兄嫁たちと馴染めるか心配だったが、気後れすることせず立ち回ってくれたのが嬉しかった。むしろ「タウルス高原から来た」ということで開拓事業に関係する人たちにマリィが積極的に挨拶に回っているところを見て、こういう
俺の方はと言えば、やっぱり母親が亡くなるというのは辛いものだ。それは父さんも兄貴たちも同じで、見た目は気丈に振る舞っているけれど心の中は皆大風が吹いているんだろうと思う。もし後に残されたのが母さんだったら、彼女は大いに泣き悲しんで皆を困らせただろう。
ふと俺は、前世の母親のことを思い出した。彼女は俺が死んで、泣き悲しんでくれただろうか。家族にも友人にも恵まれなかった俺のことだから、多分俺が死んで悲しむ人間なんて彼女しかいなかったはずだ。
俺も子供を持って、子が先に旅立つことがどれだけ辛いのかを理解したつもりだ。その点、俺はとりあえずアマンダ母さんを先に見送ることができて、親孝行をひとつやった。もっと母さんに好きと言えばよかったとか、もっと抱きしめてあげればよかったとか思うこともあるけれど、最期に礼を言えただけでも本当によかった。
もう二度と会えないけれど、前世のお母さんにも礼を言いたかった。本当にろくでもない人生だったけど、やっぱり俺はお母さんの息子に生まれてよかったんだと思う。
***
俺が高原へ戻る前の日、わざわざ俺を父さん――オズワルド・ヴァインバード子爵が呼び出した。女房に先立たれてめそめそしていると思ったけど、仕事の話でもするのだろうか。まさか母さんの思い出話なんかするわけもないだろう。
父さんの書斎へ行くと、父さんもすっかり小さくなっていた。俺もマリィが先に死んだら、こんな感じになるんだろうか。
「やあエリク、わざわざすまない。どうしてもお前には話しておかなければならないことがあってな」
なんだか、つい最近にもそんな話を聞いた気がする。とりあえず俺は父さんの話に耳を傾けた。
「実は、タウルス高原の開拓事業はお前が生まれたから始まったんだ」
やっぱりそうか。父さんのところにも転生の女神は現れていたのか。
「父さん、まさか金髪の女神様が夢に現れたとか言わないよね?」
俺の突っ込みに、父さんは目を丸くする。
「……なんでわかったんだ?」
「母さんも、そう言ってたんだよ。夢に女神様が現れてお告げをしたって」
母さんならともかく、まさか父さんにまで女神が異世界転生のお膳立てをしていたとは思わなかった。前世の俺、女神様から見てよっぽど不憫だったんだな。自分のことながら、とても情けなく思ってしまう。
「そうか、母さんにもか……」
父さんは遠い目をする。多分その女神様、かなりおっぱいが大きいんだろうと思ったけど母さんの話をする手前、その話題には触れないでおくことにした。
「お前が生まれる前の日、その女神様が夢に現れて高原の開拓事業を始めるよう言ったんだ。今度生まれてくる子供は特別な子供だから、その子に事業を任せるようにとも仰っていた。その子はヴァインバードの家に特別の富をもたらす存在になる、とのことだった」
特別の富、か……今のところバッファローの毛皮は売れているけれど、それ以外は特に目立った富というものはないと思う。
「それでわざわざ、開拓事業なんか始めたのか……」
「その通りだ。俺はどんな特別な子供が生まれてくるのかと期待したが、生まれてきたのはお前だった。多少がっかりはした。お前だったからな」
わざわざ繰り返すなよ……とはいえ、父さんががっかりするのも何となくわかる。特別の富をもたらすなんて言われた子供が、平凡を絵に描いたみたいな奴だったら本当に大丈夫なのかと心配になってしまうだろう。しかも身体が弱かったものな。
「しかし、特別の富というのも気になって開拓事業を始めていい年になったお前を放り込んでみたら、新種の牛を見つけたじゃないか。これは夢のお告げもあながち間違いではなかったのでは、と考え直した。少なくとも村になるまでタウルス高原は発展したし、お前は身体が丈夫になっていい嫁さんと子供にも恵まれた」
父さんの話を聞くうちに、本当に俺のための異世界転生なんだなあと強く実感した。ラッキーチャンス、なんてふざけた名前だけど、ラッキーの度合いが思ったより強いじゃないか。文句が出ない家柄に優しい母親、そして俺のスキルに合わせた就職先まで生まれる前から決めておいてもらえたなんて、なんて至れり尽くせりな異世界転生なんだ。おまけに父さんの言うとおり、素敵なお嫁さんと可愛い子供たちにも恵まれた。
「ところでエリク、特別の富はいつ手に入るんだ?」
「それがわかれば苦労しないよ……」
俺と父さんは顔を見合わせて笑った。母さんが死んでから、初めて父さんの笑顔を見た気がした。いや、父さんの笑顔なんて初めて見たかもしれない。期待させたりがっかりさせたりしたけど、ようやく俺はこの人と親子になったような気がした。父親と息子ってのも、悪いもんじゃないな。これからはもう少し、父親孝行もしよう。
ところで、「特別の富」ってなんだろう……!?
バッファローのことだと思うんだけど、奴らそんなに金になるのかな? もしかして、長毛種のことかな? ああ、転生の女神も中途半端な予言をしないで、しっかり「開拓事業頑張れ」って言ってくれたらいいのに……。
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