第11章 故郷ってありがたいよな

第1話 里帰りでもしようか

 ルディが結婚して、そしてマリィに二人目の赤ちゃんが出来た。めでたいことが続いて、俺はこのまま死ぬんじゃないかと思うくらいだった。


 ルディと話してすっかり何かが振り切れた俺は、なんとなく自分を受け入れて生きてみようと思った。基本はエリク・ヴァインバードで、たまに風間大地になる。甘やかされてみんなに大切にされてきたエリクと、寂しさに蓋をして生きてきた大地。どっちも俺なんだから、仕方ない。


 たまに無性に寂しくて仕方ないときは、思い切りケイトを抱きしめた。歩き始めたケイトは可愛らしくて仕方なかった。マリィも小さい頃こんな感じだったのだろうかと思うと自然と笑みがこぼれる。俺が寂しかった分を、マリィやケイトで埋めていけばいい。


 喜ばしいことはまだあった。少しずつ人口が増えたことで、ようやくタウルス高原の集落がアルドリアン領において正式に村として認められた。村長は満場一致でランドさんが務めることになり、俺が副村長になってしまった。やっていくことは今までとあまり変わらず、報告書の類を提出する先が親父とアルドリアン領総督府の二ヶ所になったくらいだ。ちなみに名前はそのまま「タウルス村」だ。わかりやすくていい名前だろう。


 そんなこんなで、月日は流れていった。マリィは今度は男の子を出産して、俺はカイトと名前をつけた。ルディも子宝に恵まれ、俺たちは仕事に子育てに忙しい日々を送った。


 ケイトとカイトはすくすく大きくなっていった。勝ち気なケイトに、少し内気なカイト。カイトは身体こそ弱くないが、俺の小さい頃そっくりだ。血っていうのは裏切らないんだなあと俺は二人を抱きしめながら思った。自分の子供って、こんなに可愛かったんだな。俺の母さん――アマンダ・ヴァインバードが俺を溺愛していたのもわからないでもない。母さんにとって、二児の親父になってしまった今の俺も「可愛いエリク」なのだろうか。今度会ってみたら聞いてみようか。


 そう思いながら、俺は日々の忙しさに追われていた。今度ヴァインバードの家に手紙を書こう、母さんに正直な気持ちを伝えよう。そんなことを考えているうちに時間はあっという間に過ぎていった。


***


 俺がタウルス高原にやってきて、十三年が経った。ケイトは八歳、カイトは六歳になった。二人ともバッファローによく慣れて、高原の暮らしを楽しんでいるようだった。俺は都会育ちの上に小さい頃は身体が弱かったから、思い切り高原を駆け回る二人を見ていると幸せそうに見えてならない。二人はこれが当たり前だと思っているだろうけど、実はとても贅沢なことなんだぞ。もう少し二人が大きくなったら教えておこう。


 タウルス高原の開拓事業も随分と進んで、そろそろ俺もノヴァ・アウレアが少し恋しくなってきた。子供たちもしっかりしてきたことだし、来年辺り俺の里帰りなんかどうだろうとマリィに相談してみた。


「まあ、ノヴァ・アウレアに向かうのですか?」

「一応俺の実家だし、父さんや母さんの顔も見ておかないと」


 マリィは俺の話に賛成してくれた。二人の子供とミネルバを連れて、ヴァインバードの家に行くという旅行の計画だ。


「それなら汽車に乗れるんですね?」

「エルムウッドまで行けば、汽車でノヴァ・アウレアまで行けるよ」

「ふふふ、楽しみですね」


 子供たちも汽車に乗ることを楽しみにしているようだった。俺も汽車はエルムウッドの駅で見たことはあったけれど、乗ったことはなかった。次の冬が終わったら、のんびりノヴァ・アウレアへ行ってみよう。高原育ちの子供たちはノヴァ・アウレアを見てどんな顔をするだろうか。そして俺の子供たちを見たうちの両親は一体どんな顔をするのか。少しだけ俺の楽しみは増えていた。


***


 ところが、その年の冬になる前に俺の母親、アマンダ・ヴァインバードの具合が良くないらしいという知らせがタウルス高原に舞い込んだ。わざわざ知らせてくるということは、きっと長くないということなんだろう。


「俺たちのことは心配しないで、お袋さんのそばにいてやったほうがいい」


 そうルディに言われたので、俺たちは遠慮なくノヴァ・アウレアに急遽里帰りすることにした。俺とマリィ、そしてケイトとカイトにミネルバ。ケイトとカイトはブルームホロウより先に出かけたことはなかったので、とても愉快そうにしている。


 エルムウッドに向かう馬車の中で、ケイトとカイトが話しかけてくる。


「ねえお父様、エルムウッドにはたくさん人がいるって本当?」

「本当だよ、牛より人が多いんだ」


 ケイトはたくさんの人を見るのが楽しみらしい。実に頼もしい。


「お父様、ノヴァ・アウレアには牛はいないって本当?」

「本当だよ、ノヴァ・アウレアには牛は……いないな」


 カイトは牛から離れるのが少し怖いらしい。変わった子供だ。


「ケイト、カイト。お父様のおうちについたら、お利口にしていないとダメよ」


 マリィが高原育ちの子供たちを心配そうに見ている。そして、俺の顔も心配そうに見ている。


「……大丈夫だよ。子供たちにとっては、楽しい旅行でもあるんだ」


 マリィは俺を気遣っている。これから母親が死ぬかもしれない俺を、幼い頃に母を亡くした経験をしているマリィはどんな気持ちで見ているんだろう。俺は一度先立つ不孝をしてしまっていたが、幸いなことにエリクになってからは親の死に目に会っていない。はしゃぐ子供たちを見て、俺は頭の中から不安を追い出す。


 母親が死ぬなんて、いつかは誰もが大体経験することだ。そうやってみんな過ごしているんだ。何も俺だけじゃない。俺はそう一生懸命自分に言い聞かせていた。


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