第4話 嬉しくても泣くんだな
ルディに異世界転生の話をして、俺は泣いてしまった。俺がというより、俺の中の風間大地の記憶が「そんな惨めな話をするんじゃねえ」って暴れて仕方なかった。どこをどう切り取っても、風間大地は不幸だった。唯一の幸せは、大好きな母親に愛されたことくらいだ。だからこそ、死別してしまったことが最大の不幸にあたるわけだ。
確かに俺はとっても苦しい。でも苦しいのは風間大地であって、エリク・ヴァインバードじゃない。じゃあエリクって一体何なんだろう? 風間大地はどこに行ったんだ? このまま俺は、この惨めな感情を抱えて生きていかないといけないんだろうか? そんなことをルディに一切合切ぶちまけたような気がする。
「どうせ信じないだろう、こんな話」
やけっぱちで俺が言い捨てると、ルディは真剣な顔になった。そして少しだけ考え込んで、俺をじっと見る。
「信じてやるよ。その話、俺は少しだけ前に聞いたことがある」
そうなのか!?
俺は誰にも言った記憶がないぞ!?
「お前が酔っ払ったときな、本当にお前はいろんなことをべらべら喋ってくれたんだ。その中に聞き慣れない言葉がいくつか出てきて、一体こいつは何を喋ってるんだろうって少し怖くなったんだ。どうせ覚えていないんだろう?」
俺はぶんぶんと首を縦に振る。本当にあのときのことは一切覚えていない。
「なんて言ってたかな……どうせ俺はインキャだから、マリィなんかに手を出せないんだ、とか。インキャって何だって聞いたら、うるせーカーストジョーイみたいな顔しやがって、とかなんとか。あのときはいよいよ酔っ払ったなと思ったんだけど、もしかしたらそれはその前世の記憶とかいう奴なんじゃないか?」
ああああ! 畜生! 俺は一体どれだけ迂闊になれば気が済むんだ!?
「そこで例のおっぱいが大きい女神様のことも本当はそんな感じで詳しく話してくれたんだ。どう聞いても与太話なんだけど、俺の場合は実際に牛を出すところを見ているからな……」
ルディは真面目な顔から一転してニヤリと笑い、俺の肩を叩く。
「それに、まあ嬉しいことじゃないか。その昔可哀想だったエリク君の魂を慰めるのに俺が女神様に選ばれたわけなんだろう? こんな光栄なことってあるもんか」
そうか。俺がタウルス高原に来たことが女神様の計画のうちなら、ルディと引き合わせてくれたこともその計画の一部なんだ。
「実はさ……俺、最初お前見たとき大嫌いだった」
何故かルディは急に話題を変えてきた。
「それは言われなくてもわかってるけどさ」
「ま、そこはお互いに、だよな」
俺はルディと初めてあった時のことを思い出した。ぶっきらぼうにツンツンして、まだタウルス高原に着いたばかりの俺は不安で仕方なかったんだ。そんなことを思い出しながら、俺はルディの話を聞く。
「なんだよ、貴族の坊ちゃんが後からやってきて指揮をとるってさ。開拓は父さんに全面的に任せるんじゃなかったのかって、あの頃は父さんにも反発していた。今思えばなんていうか……そういう時期だったのかもな」
そういう時期、か。俺もやたらと父親が嫌いだったから、ルディの気持ちはなんとなくわかる。そんな父親がなんかキョドってる新米と仲良くしてたら、面白くないかもしれない。
「でも、牛が出せるとか身体が本当に弱いとか、いろいろ知っていくうちに何だか頼りないけど、エリク・ヴァインバードは悪い奴じゃないんだなって思った」
「それは……やっぱりお互い様だ」
ルディと話をしているうちに、俺の中でわだかまりが消えていくような気がした。前世ではいつも俺は居場所を探していた。転生してヴァインバード家で暮らしているときも、俺はここにいてはいけない存在なんだってどこかで思っていた。そしてタウルス高原に来て、はじめて存在を認められた気がした。
「だから、それが開拓のエゴだろうとなんだろうと、前に進むためには何かをやらないといけないんだ。俺たちが出会って、こうやって外で話し込んでるみたいにさ」
そうか。なんだかわかった気がする。俺の中で、欠けた何かがふっと満たされていく感じがした。風間大地が欲しかったものは、対等に話せる友達だった。まずはいつも家庭のことで遠慮されて、誰も風間大地の中に踏み込んでいこうとしなかった。風間大地は自分の中に柵を作って、その中で必死に傷つかないように自分をずっと守っていたんだ。思えばその柵はエリク・ヴァインバードになってもあったような気がする。
でも、その心の柵を壊したのはルディとバッファローたちだった。俺が手からバッファローを出したばかりに、俺は最高の友達を見つけることができたんだ。女神のラッキーチャンスでもなんでもいい。俺は心からルディに出会えてよかったと思った。
「なんだお前、泣いてるのか?」
「な、泣いて悪いか!」
泣くに決まっているだろう、こんなこと。泣かないでいられるか。
なあ、風間大地。エリク・ヴァインバードは最高の友達を見つけたぞ。
だから、もう寂しくて泣かなくていいんだ。
その代わり、嬉しくて嬉しくて涙が止まらないけどさ。
「結婚おめでとう! ルディ! これからも友達だからな!」
「当たり前だろ、何言ってるんだ」
ルディが幸せになることが自分のように嬉しかった。それだけで、俺の目からはずっと涙が流れていた。ルディの幸せは、俺の幸せだ。そのことに気がつけたことがとにかく嬉しくて、俺はずっと泣いていた。
ケイトだってそんなに泣かないぞ、とルディは言った。そうかもしれない、俺はケイトよりも泣き虫だ。泣き虫で上等だ。こんな涙なら、いくら流したっていいものな。
その後、俺たちは赤い星を目印に集落に帰った。結局俺は完全に泣き止むことができなかった。
***
翌日、予定通りルディの祝言が行われた。ランドさんと俺は一緒に抱き合って泣いた。俺が昨夜からあんまり泣くものだから、ルディもマリィも困っていた。
でも、これが人のために流す涙なんだろう。ああ、俺も転生してすっかり涙もろくなったもんだ。でも泣きながらわかったことがひとつあった。
嬉し涙っていうのは、ひとりでは流せないんだなあ。俺はミネルバにも呆れられながらも男泣きに泣いた。ルディ、俺はお前もみんなも幸せにするからな。
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