第4話 僕のことは放っておいてくれ!

 長毛種の牛舎で、僕は何故か父親にマリベルについて何か言えと詰問されていた。


「そ、それが今一体何の関係があるって言うんだよ!」

「ヴァインバード家にとっては一大事だ。はやく言うんだ」


 一体何が何の一大事だって言うんだ!?


「え、えっと、だから可愛いなって」

「それだけなのか?」

「それだけだよ」

「本当に、それだけなのか?」


 父はモルーカに隠れようとする僕の腕を掴んで、皆の前に引きずり出す。何で、どうしてこうなってるんだ!?


 訳がわからなくなった僕は、とりあえずルディに救いを求める。


「なあルディ、一体これはどういうことなんだ!?」


 するとルディも真面目な顔で父の隣にやってくる。


「エリク……俺からも聞きたい。マリベルのことをどう思ってるんだ?」

「だから、なんで今なんだよ!?」


 当のマリベルは、顔を赤くしてランドさんの後ろに隠れてしまった。他の皆はじっと僕を見ている。モルーカまで、僕を見ている。


「はっきりしなさい、エリク。このお嬢さんをどう思っているんだ?」


 また父に問い詰められた。もうどうすればいいんだよ!


「……なんだみんなよってたかって! マリベル! 君はどう思ってるんだ!?」

「まずは君の意見だ。言うんだ、エリク」


 なんでランドさんまで皆と一緒になってるんだ!?


「だから言っただろう、可愛いって思ってるって」

「本当にそれだけか?」

「それだけだって」


 誰か、誰か助けてくれよ。

 マリベル、君は僕の気持ちをわかってくれるよね?

 でも僕の前にルディが立ちはだかる。

 

「いい加減、正直になれ。お前は、マリベルとどうしたいんだ?」


 そもそも、これは何の時間なんだ?

 ヴァインバード家が急にやってきた。

 それから急にマリベルと僕の仲をどうこうしようとしている。

 一体これは何の陰謀なんだ?


 僕が顔を真っ赤にしていると、ランドさんの陰からマリベルが現れた。


「エリク様、本当のことを仰ってください」


 うう、マリベルに言われたら、言わないわけにはいかないかもしれない。

 でも、本当にこんなことを言っていいのか!?

 皆が言えって言ってるんだから、いいんだよな?


 言うぞ、言ってやるぞ!

 僕は悪くないぞ、言わせた奴らが悪いんだからな!


「ああ好きだよ! マリベル、君が好きだ! 悪かったな!」


 すると、兄の妻たちからわっと歓声が上がった。

 母はもう立っていられなくて、ルーク兄さんに支えられている。


 すぐに僕は弁解に走る。


「でも、ルディやランドさんのことを思うと僕なんかが声をかけるのは失礼だと思って、言えなかった。でもなんでそれをここで言わなきゃならないんだ!?」


 俺はマリベルの顔を見る。顔を真っ赤にしているけど、相変わらず美しい。きっと僕はもっと顔を赤くしているんだろう。


「悪かったな、エリク。でもこうでもしないと遠慮ばかりするお前は何も言わないだろう?」


 ルディに言われて、僕はぐっと言葉に詰まる。全くその通りだ。


「だから父さんと相談して、ヴァインバード子爵に相談してみようって手紙を出したら『それは一大事だ、今すぐはっきりさせに行く』って返事が来て……」


 僕は父を見る。

 父は僕を見ないで、モルーカを撫でていた。


「ほんの家族サービスだ。お前のことはついでに過ぎない」


 ここでようやく話が読めた。僕にマリベルとの仲をはっきりさせるためにヴァインバード子爵が開拓地の視察にかこつけてやってくる。ついでにヴァインバード一家も僕の顔と嫁候補を見にやってきた、というわけか。母はまだしも、どうして兄夫婦たちもやってきたのかこれで理解できた。こんな面白い見物はないものな。


「父さん……」


 僕はモルーカを撫でる父を見た。モルーカは父に大人しく撫でられている。僕らが親子だってわかるんだろうか。


 急に僕は自分の小ささが刺さって、消えたくなった。何だかんだ理由をつけていたけど、結局僕は女の子に告白すらできない弱虫だったんじゃないか。そのせいでこんな大事になってしまったんだ。それを心配して、父さんはわざわざこんなところにやってきてくれたんじゃないか。


「ごめんよ、父さん」

「なにを謝ることがあるんだ?」


 とぼけたように父は言う。違うよ父さん、僕は父さんに多分謝らなければならないことがたくさんある。それと一緒に、礼を言わなきゃいけないことも、たくさん。


「あの……エリク、様……その……」


 ようやくマリベルが口を開いた。マリベルは僕をじっと見ている。

 ああもう、ここまで来たら、最後まで言うしかないじゃないか!!!


 僕は覚悟を決めた。


「マリベル、君さえ良ければ、僕と、その……」


 ええい、どうにでもなれ!!


「結婚、なんか、どうかな?」


 僕が精一杯の言葉を口にすると、マリベルは微笑んだ。


「はい、喜んでお受けします」


 その場にいる、父以外の皆が歓声を上げた。


「さあ、早速祝言の準備をしないと」


 ルディは笑っているけど、泣いていた。僕も泣いて、そして笑った。


***


 後でルディが、エルムウッドで飲んだくれた僕がマリベルと結婚したいとはっきり言っていたことを教えてくれた。普段の様子から僕とマリベルが好き合っていることはルディもランドさんもわかっていたのだそうだ。


 しかし、僕がどうにも煮え切らない態度をとり続けることが二人とも気になっていた。そこで僕を説得するためにエルムウッドまで連れ出したり「マリベルを嫁にやる」なんて話をしたのだという。挙げ句の果てがこの騒ぎだ。


 なんて情けなくて、嬉しい話なんだろう。

 なあモルーカ、僕は本当に幸せ者だなあ。

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