第3話 僕より牛を見てくれよ
僕とランドさんはヴァインバード一家を連れて、牧場にやってきた。父はランドさんと牧場の規模を見て回りたいと言い、残りの家族は一番近い長毛種の牛舎へ僕が案内することになった。
牛舎は開拓初期より拡張されていて、今は長毛種用の牛舎の他に乳絞り用のメスが集められた牛舎と肉や毛皮になる用の牛の牛舎がある。
「こっちが今取り組んでいる、長毛種にするためのヴァインバード牛の牛舎だ」
長毛種用の牛舎には、僕らが選別した牛が十頭ほどいた。僕の姿を見て、モルーカが嬉しそうに鳴いた。モルーカもすっかり立派な大人のバッファローになっていて、去年は子牛を産んだ。その子牛もすくすくと育っているところだ。
「どうだい、牛さんがいっぱいいるだろう?」
それまで楽しそうにしていたハンナだったが、モルーカを初めとしたバッファローたちを見て急に固まってしまった。
「……おっきい」
ハンナほどではなかったが、ヴァインバード家の人々はバッファローの大きさに圧倒されているようだった。
「毛皮で見ていましたけど、本物は大きいですね……」
「この牛にヴァインバードの名前が使われているのか……」
兄夫婦たちは口々にバッファローを見た感想を言う。やっぱりヴァインバードの名前を商品にする牛に使うのはちょっと恥ずかしいよね。何故うちの父はいいと思ったんだろう?
「この子はモルーカ。長毛種への最初の一頭だ」
僕はみんなにモルーカを紹介する。モルーカは僕に近づいて、鼻をすり寄せてくる。動物学者のウォレスさんが言うには、これは親愛関係にある相手に行うことだそうだ。彼女は僕のことを信頼しているのだと思うと、嬉しくてたまらない。
「きゃっ!」
モルーカが僕に近づいたことで、ハンナが怯えて兄嫁にしがみ付く。彼女も少し腰が引けているようだ。母は……気絶こそしていなかったが、ルーク兄さんにしっかりとしがみ付いている。
「大丈夫、この牛さんたちは怖くないから」
「……本当?」
こわごわとハンナはモルーカに近づく。モルーカは生まれたときから人間と一緒にいるので、人間を恐れない。ハンナを見ても、彼女はのんびりとしている。
「モルーカ、この子は僕の姪だよ。仲良くしてやってくれ」
モルーカは僕の言葉がわかるのか、ハンナのほうに頭を下げる。ハンナがそっとモルーカの頭を撫でると、モルーカは優しい目でハンナを眺める。流石僕のモルーカだ、美しくて優しい心を持っているなあ。
「わあ、モルーカ、よろしくね!」
ハンナは牛が怖い存在ではないとわかったのか、ぱっと顔を輝かせてモルーカを見上げる。
「あ、くれぐれも驚かせたりはしないでくれよ。牛たちもびっくりして君を蹴飛ばすかも知れないから」
「だいじょうぶよ、見ているだけにするから」
ハンナの様子を見て、ヴァインバード一家の面々もバッファローたちに対して警戒心を解き始めた。
「やあ、お着きになられたんですね」
そのとき、長毛種用の牛舎にルディが現れた。ルディは酪農家のガレーさんから様々なことを学んでいて、ゆくゆくは牧場の経営を中心に仕事をしたいと考えているらしい。
「ここの管理をしているルドルフ・フロンティアです。いつもエリク様には大変お世話になっています」
うう、今更ルディから様付けで呼ばれると何だか恥ずかしいな。でも僕の家族の手前、いつものようには呼べないか。
「こちらこそ、うちのエリクが本当に、なんと言っていいのか……」
母はルーク兄さんにしがみ付いたまま、涙を堪えている。もしかして立っていられないのはバッファローが怖いんじゃなくて、僕が立派になったことに立てないほど感動しているからなのか?
「そちらのお嬢さんは?」
アレックス兄さんが指した方を見ると、ルディの後ろにマリベルがいた。彼女、一体こんなところで何をやってるんだ?
「マリベル・フロンティアです。よろしくお願いします」
すると兄二人がマリベルを見て、互いに顔を見合わせた。何だい、マリベルがそんなに可愛いってか? 当たり前だろう、マリベルだぞ。ノヴァ・アウレアに住んでいればちょっと野暮ったいって思うかもしれないけど、僕は十分可愛いと思ってるんだからな。彼女に変な視線をぶつけてみろ、流石の僕でも容赦しないぞ。
「ここが長毛種の牛舎です」
そこに牧場を見に行ったランドさんと父、それと執事がやってきた。ここはそんなに人が集まる場所じゃないのに。少しモルーカが怯えている気もするぞ。どうしていいのかわからなくなった僕はモルーカを撫でることにした。モルーカの毛並みはもふもふしてあったかいなあ。
そして父はヴァインバード一家に僕、ルディとマリベルをぐるりと見渡してからまっすぐにマリベルの前に行く。
「これが例のお嬢さんか?」
はぁ!? マリベルに何を言うんだこの男は!?
それと同時に、ハンナ以外の全員がびくんと固まる。
え、何、今から何が始まるんだ!?
「父さん、それはまだ……」
アレックス兄さんが口を挟もうとするのを父は制する。
「まだなのか? こういうのは早いほうがいい」
それから父は、俺にずいと向き直った。
「エリク、このお嬢さんをどう思っているか今ここではっきり言いなさい」
「はぁ!?」
だから、何で、それを言わなくちゃいけないんだ!?
てめえには関係ないだろうが!!??
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