第2話 親父なんか知らないよ
ハンナのとんでもない挨拶から仕切り直して、僕は改めて開拓団の監督として、開拓事業の総監督オズワルド・ヴァインバード子爵に向き合った。
「ご無沙汰しています」
僕はこの男を仕事をする上では信用しているけど、父親としては認めていない。息子をいきなりこんな僻地に放り込んで、五年も心配している素振りをみせないこいつは僕のことなんてどうでもいいと思っているんだ。だから僕も、こいつのことは家族として信用せずにあくまでも「開拓事業の総監督」として接することに決めた。
「ところで開拓はどのくらい進んでいる? 新種の牛とやらはどこにいる?」
こいつ実の息子に五年ぶりに会って、最初の言葉がそれかよ。ムカつくな。
「まずは皆さん長旅でお疲れでしょう、こちらでお休みになってください」
いいよ別に、そっちがその気なら僕もアンタには関わらないよ。僕がヴァインバードバード家一同を大会館に案内している間に、父はランドさんに挨拶をしていた。
「オズワルド様、お久しぶりです」
「おおランド君、やはり君に任せてよかったよ」
ランドさんと父の間の空気は、和やかだった。
「いえいえ、オズワルド様のご子息のおかげです」
「なに、アレが役に立つなんてそんなことは」
なんだよ、ヒトをアレ扱いしやがって。
僕はちょっとどころではなく傷ついた。
おいおい、僕は開拓団の監督だぞ? それ以前に大事な息子なんじゃないのか?
一体どうして僕をそんなに遠ざけるんだ。
何かあっても面倒みてやらないぞ。
「奥様、旦那様。粗末なものしかございませんが」
大会館に通された一同を、ミネルバがてきぱきと着席させる。今では皆で夕食を食べる大きなテーブルが設置されていて、床に座ることもない。
一同の前にミネルバが温かい豆茶を出す。炒った豆を粉にして湧かした湯に入れたものの上澄みを飲む、山岳地帯ならではの嗜好品だ。
「ハンナ様は今朝搾ったばかりのミルクをどうぞ」
それからミネルバは次々と料理をテーブルに置いていく。今朝焼いたばかりのコーンブレッドにバッファローの乳で作ったバターと森で取れたはちみつをつけたもの、それから豆のスープに、バッファローのベーコンを刻んだもの。僕らの平均的な食事だけど、平地の人たちには珍しい旅先の料理になるだろう。
「まあ、すごくおいしい!」
ハンナはコーンブレッドが気に入ったようで、ミルクと一緒にあっという間に平らげてしまった。僕なんかはたまに平地で食べる小麦のパンが恋しくなるけど、ハンナにとってはコーンブレッドが特別なご馳走のようだ。
そんな微笑ましい孫の姿を見て、父は見たこともない笑顔を見せている。そしてそれを見て困惑している僕に気がついたのか、母がすかさず僕に語りかける。
「まあエリクどうしたの? 貴方も座って一緒に召し上がりましょう」
母に言われては形無しだ。僕もテーブルについて皆と同じ豆茶をもらう。それでも視線はハンナと戯れている父に行ってしまう。ハンナは何故か父の前に座っているランドさんに抱っこしてもらって、非常にご機嫌である。
「やはり女の子は可愛いですね」
「うちは男ばかりの上に初孫で、可愛いのなんの」
ランドさんまでハンナにめろめろのようだった。確かにハンナは愛らしいけど、でも、でも……。
……め、姪に嫉妬なんかしてないからな!
ただその、見たこともない親の姿を見て僕は困惑しているだけなんだ!
***
軽い食事が済んだ後、早速父が立ち上がった。
「それでは早速、例の牛を見せてもらおうかな」
「では牧場のほうへご案内します」
ランドさんと連れ立って父とハンナ、兄夫婦がそれぞれ大会館から外へ出る。
「母さんは疲れたから、ここで待っているかい?」
あまり父と一緒にいたくない僕は母の付き添いという名目で大会館に残っていたかった。
「あら、私はエリクのお牛が見てみたいわ」
そう言うと、すたすたと皆について行ってしまった。昔なら「エリクは外へ出てはダメよ」って言っていたのに、母まですっかり変わってしまったのか。僕は何だか寂しい思いを抱えながら母に着いていく。
「エリクおじちゃん!」
大会館から外へ出ると、ハンナが今度は僕に飛びついてきた。困った僕がアレックス兄さんのほうを見ると、彼も少々くたびれた顔をしている。
「初めて来る場所で興奮しているんだろう。付き合ってやってくれないか?」
そう言われなくても、別に姪の面倒くらいみるけどさ。僕がハンナを肩車すると、彼女は大いに喜んだ。
「ハンナ、エリク叔父さんが気に入ったか?」
アレックス兄さんに問いかけられて、ハンナは僕の上で嬉しそうに応える。
「うん、おじちゃん大好き! お日様の匂いがする!」
うーん、その「おじちゃん」連呼はちょっとまだ僕に馴染まないなー。せめてお兄さん、くらいにしてもらえると嬉しいんだけどな。
それでもやっぱり、姪というものは可愛い。兄たちに引け目は感じているけれど、別に兄たちのことが嫌いなわけじゃない。それにアレックス兄さんの奥さんも美人さんだし、だからハンナちゃんもとっても可愛い。
「ハンナ、うしさん見に来たんだよ! ヴァインバードの大きなうしさん!」
「そうか。それじゃあ、たっぷり牛さんと遊ぼうな!」
僕がハンナを肩車している様子を見て、また母が涙ぐんでいる。
「私の可愛いエリクが、ハンナをあんなに高く……」
兄さんたちも僕の変化に驚いているようだった。
「しかし驚いたな、エリク。身体に障らないのか?」
「あのエリクが、肩車なんて……」
ノヴァ・アウレアにいた頃の僕からは想像もできないのか、兄たちはしきりに感心している。僕は普段から牧場の仕事や建築、荷物の積み下ろしの手伝いなんかしているし、まだ幼いアビーと遊んだりする中で肩車くらいできるようになっていた。
「このくらい、もう大したことないよ」
もう僕は可愛い男の子なんかじゃないんだぞ。開拓団の監督なんだ、少しは僕のことを見直してもらいたいものだよ。
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