第6章 何だよみんなよってたかって

第1話 ヴァインバード家がやってくる

 ルディに衝撃的な話を打ち明けられて僕が悶々としているうちに、さらに最悪なことが決定していた。


 なんと、オズワルド・ヴァインバード子爵こと僕の父が直々にタウルス高原の視察に来るらしい。しかも母さんと兄夫婦たちも一緒だそうだ。家族旅行じゃないんだぞ。これじゃあ、僕が何だか見世物にでもなるようなもんじゃないか。


「みんな君に久しぶりに会うのを楽しみにしているはずだよ」


 ランドさんは呑気に言うけれど、僕はどんな顔をして家族に会えばいいのかわからなかった。


「嫌ですよ、今更合わせる顔なんて僕は持ってないです」

「あらあら、エリク様。お屋敷を出るときはあんなに心細そうにしていたというのに」


 ミネルバもランドさんと顔を見合わせて、僕を見ている。


「これは反抗期だな」

「随分遅くて、私は心配しておりましたよ」


 こら、勝手に他人を冷静に分析するな! こっちの気も知らないで!


 大体父さんは手紙のひとつも寄越さないで、いきなり会いに来るってどういう魂胆なんだよ。一切理解できない。会いに来る前にやるべきことがあるだろう!? そもそも何で視察の知らせが監督の僕宛じゃなくてランドさん宛なんだよ!


 やっぱり僕を信用していないんだ。

 こんなに僕が一生懸命開拓団やってるっていうのに。

 バッファローだってこんなに繁殖させてるっていうのに。

 まだ少し、こっそり僕が手から出してるけどさ。

 開拓団だって、少し人が増えたっていうのに。


 そんな父さんなんか……僕は大嫌いだ。


「それにしても……到着予定が来週とは、旦那様も思いきりましたね」

「それだけ、早くタウルス高原を目にしたいということなのでしょう」


 そう言えば、首都のノヴァ・アウレアまで手紙が届くのに数週間はかかる。この手紙が届く日付を逆算して、到着予定を決めたとしか思えない。


 あー、もうどうでもいい! 親なんか知るか!

 僕は五年間、親なしで何とかここまでやってきたんだ、今更しゃしゃり出てきても知らないんだからな!!


***


 翌週、本当にヴァインバード家一行はやってきた。大会館の前に登山用馬車が三台止まった。それぞれ両親と兄夫婦たちが乗っているのだろう。出迎えるのは、ランドさんとミネルバ、そして僕だ。


「旦那様、長旅お疲れ様でした」


 同行してきた執事に先導されて、タウルス高原開拓事業の総監督であるオズワルド・ヴァインバード子爵がまずようやくその地に降り立った。


「とんだ道だったな……開拓民はこの道を毎回通っているというのか?」

「そのようでございますね、旦那様」


 久しぶりに見た父は、あまり変わっていなかった。五年ぶりだというのに相変わらず景気の悪い顔してやがる。


「エリク! 可愛いエリク! 元気だったかい!?」


 父の次に母のアマンダが元気よく馬車から降りてきた。そして出迎えた僕に真っ直ぐ抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと母さん!?」

「ああエリク、しばらく見ない間に大きくなったねえ。母さんよりこんなに背が高くなって」


 そう言えば、僕の記憶の中の母はもう少し大きかったような気がする。僕も大分背が伸びたものな。


「それにこんなに日に焼けて、たくましくなって。ああ、可愛いエリクはどこ……?」

「母さん、僕がエリクだよ」

「わかってる、わかってるわ。大丈夫? どこか痛いところはない?」

「僕はもう大丈夫だよ」


 すると僕に頬ずりしていた母は目から大粒の涙を零し始めた。すかさずミネルバが母に駆けより、その身体を支える。


「ああミネルバ、エリクが、エリクが……こんなに、立派に!」

「心中お察しします、奥様」


 何だかミネルバまでもらい泣きをしている気がするのは、気のせいだろうか。なんだい、人を見世物みたいに……うう、面白くないぞ。


「おお、久しぶりだなエリク」

「本当に大きくなったな」


 後ろの馬車からそれぞれ降りてきたのは、僕の兄二人だ。上の兄のアレックスと、下の兄のルーク。その後ろにはそれぞれ奥さんもいる。アレックス兄さんの結婚式は覚えているけれど、ルーク兄さんの結婚式はちょうど今年の冬の時期で高原から出ることが出来そうになかったため、僕は欠席したのだった。婚約者として顔は何度か合わせていたし、別にいいよね。


「ほら、ハンナも降りてきなさい」


 アレックス兄さんが馬車の中へ手招きをする。そう言えば、僕がタウルス高原に行ってから女の子が生まれたと聞いていたな。僕から見れば姪にあたるわけか。アレックス兄さんの奥さんが馬車の中へ更に声をかけて、なんとか小さい女の子がひとり降りてきた。そして僕のところに来て、じっと僕の顔を見る。


「……エリクおじちゃん?」


 おじちゃん? まあ、叔父であるのは間違いないしな……。


「そうだよ、初めましてハンナちゃん」


 僕が手を差し出すと、ハンナは顔をぐっと歪めた。

 え、僕何か悪いことしたかな!?


「おばあちゃま、エリクおじちゃんかわいくないよ!」


 そう言い放ったハンナに、まず兄二人が笑い出した。ハンナの母親は「こら!」とハンナを抱き寄せる。一体何でそうなったのかわからない僕に、アレックス兄さんが説明する。


「ここに来るまで、母さんが『私の可愛いエリクに久しぶりに会えるなんて夢みたい』って散々言っていたから……ハンナはエリクを可愛い男の子だと想像してしまったんだろうな……ふふっ」


 ようやく事態が飲み込めた僕は改めて自分を見下ろす。僕も二十歳だ。完全に一般的な成人男性だし、牧場の仕事もたまに手伝っているから昔に比べてそこそこガタイも良くなってる。少なくとも「可愛いエリク」と呼ばれるのは不服だし、可愛い男の子を想像していたところにこんな男が出てきたら「可愛くないじゃん!」って思うのも無理はないとは思うけど……でも……。


 わ、悪かったな! もう可愛い男の子じゃなくて!!

 

 ランドさんを見ると、ランドさんも必死で笑いを堪えている。その隣でミネルバも顔を引きつらせている。


「何を言っているの、エリクはいつまでも可愛いエリクよ!」


 やめてくれ母さん、ミネルバが耐えられなくなってるよ。ランドさんももう笑ってるし。そう言えば父さんは……少し離れたところでやっぱり執事と一緒に笑いを堪えている。


 畜生、僕だけ笑えないなんてあんまりだよ……。

 どうせもう可愛くないエリクだよ、悪かったな……。


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