第4話 男ならはっきりしろよ
僕とルディがエルムウッドから戻って、数日が経った。ミネルバには感謝のつもりできれいな髪留めと軟膏を買ったところ、「さすが坊ちゃんです」と久しぶりに坊ちゃん呼ばわりされた。僕はもう二十歳だ、もういい歳の大人なんだぞ!?
……いや、そう思ってるのは僕だけで、やっぱり皆は僕のことをヴァインバード家のお坊ちゃんだって思ってるのではないだろうか。ルディにもエルムウッドでお坊ちゃん呼ばわりされたし、僕がお坊ちゃん育ちなのは間違いのない事実だし、一体僕はどうしたらいいんだろう……。
「あのさあ、ルディ」
その日の夕食の後、僕は思いきってルディにいろいろ尋ねてみることにした。そもそも、あの日から何だかルディが僕と距離を置いている気がしてならない。
「どうした?」
「エルムウッドで酔い潰れた日、僕は一体君に何を話したんだ?」
僕は酒場に連れ込まれて、好みの女の子の話をしたところまでしか覚えていない。その後のことは、さっぱりだ。もしかして、彼の気に障ることを口走っているのかも知れない。まずはそこから僕は知るべきなんだろう。
「覚えてないのか?」
「覚えていたら、いちいち聞かないだろう」
「じゃあ、教えない」
お、教えないだって!?
「一体何で!?」
「世の中には、知らない方がいいこともたくさんあるぞ」
そう言ってルディが自分の小屋に帰ろうとしたので、僕は一生懸命彼を引き留めた。
「待ってくれ、僕はそんなにまずいことを言っていたのか? それなら謝るから、頼む!」
僕の必死の思いが通じたのか、ルディはこちらを振り向いてくれた。
「……後悔しないか?」
僕が頷くと、ルディは人目を忍んで僕を大会館の裏へ連れて行った。
「じゃあ話してやるが、本当に後悔するなよ」
もう一度僕が頷くと、ルディはようやくあの日のことを語り始めた。
「あの日、タウルス高原から離れて二人だけっていうのが良かったのか悪かったのか、随分お前は自分のことをべらべら喋ってたぞ」
「それで、何て言ってたんだ?」
「それがな……自分はおっぱいが大きい女神様に愛されているから牛を出せるんだぞって言い始めて、これはちょっと飲ませ過ぎたかなあって後悔したんだよ」
うわあああ! 聞きたくなかった!
「ついでにどれだけおっぱいが男にとって大事か話し始めて、その流れでモルーカをどれだけ愛してるかって話になって、人間の女でも毛深くてもおっぱいは大事だって話になって、デカけりゃ多少の毛はむしろそそるとかそういう話になってだな」
やめてくれ、もうやめてくれ!
「待て、もういい、もうやめてくれ」
「だから言っただろ、後悔するぞって」
ううう……本当に聞きたくなかった。自分でもそんな風に女の子のこと見ていたのか僕は。そうか、モルーカは可愛いけど、そんなに僕はモルーカのことを……。一体ルディはどんな顔でこの話を聞いていたんだろう。
「悪い、すまなかった、本当に悪かった。酒のせいだと思って、忘れてくれ」
僕はルディに頭を下げる。もうどういう顔してルディを見ればいいのかよくわからない。
「いや、それはいいんだ。俺も多少煽ったところもあるし」
そう言えば、あの日はルディが「話せ」って言ってきたんだよな。じゃあ僕が全面的に悪いわけじゃないよな、そういうことになるよな?
「それよりも、もう一度聞くぞ。お前マリィのことどう思ってるんだ?」
ルディの質問に、僕は胸を射貫かれたように固まってしまった。
「え、だから普通に可愛いなって言ったじゃないか」
うまく回らない口でなんとか取り繕うが、ルディの顔を真っ直ぐに見れない。
「本当にそれだけか?」
「それだけだよ」
そうだよ、僕にとってマリィは普通の可愛い女の子。それでいいじゃないか。
なんでこんなことでルディに僕は詰められなきゃいけないんだ?
「じゃあ、ここだけの話をするぞ。実は、マリィを嫁に出す話が出ている」
今度こそ僕は完全に硬直した。固まっている僕に、ルディが畳みかける。
「せっかくの可愛い子だものな。早いところ、いいところの男に嫁がせたいって気持ちは俺も親父も共通している。マリィも、ある程度その気だ」
僕の中で何かがガラガラと崩れていく。
マリィが、結婚するだって?
「お前が言うとおり、マリィは可愛くていい子だ。きっと嫁ぎ先でもうまくやっていくさ。お前がそう言うならな」
いやでも、まだマリィは十七歳だぞ? あんな可愛くて素敵なマリィが知らない男とそういう関係になるなんて、僕は、僕は!
「あ、相手の男は誰なんだ!?」
「それはこれから決めるんだよ。開拓団の中には若い男がいないからな……ヴァインバード子爵に相談するってのもひとつだよな」
なんでそこで僕の父の名前が出てくるんだよ!? そいつは関係ないだろ!!
「ぼ、僕はそんな話聞いてないからな!」
「まだ誰にも話してないんだから当たり前だろう」
なんでルディは平然としていられるんだ? あんなに可愛がっていた妹が結婚するんだぞ、お前は兄貴としてそれでいいのか?
いや、兄貴だからこそ妹の幸せを祈っているんだよな。
こいつの腹の据わり方は、本当にすごいよ。
「……わかった、詳しいことが決まったら教えてくれ。僕も彼女の幸せは祈りたいから」
もうルディと話すことはなかった。僕は小屋に戻って、ずっとマリベルのことを考えていた。彼女が幸せになればいいんだ。それを一番に考えなければ。僕のことなんかより、彼女が、マリベルが、幸せに、幸せに……。
その日は眠れなくて、僕は一晩中風の音を聞いていた。翌朝はすっきりとしたいつものタウルス高原だったが、僕の心にはずっと風が吹き続けていた。
***
その日から、僕はマリベルをまっすぐ見れなくなってしまった。僕はなんて愚かだったんだ。僕みたいな男、マリベルには勿体ないじゃないか。それに彼女はルディの妹だ。僕が彼女のことを好きだなんて言ったら、ルディはきっと良く思わないに決まってる。
でも、このままだとマリベルが結婚してしまう。
僕は、彼女の幸せを祝福できるんだろうか……?
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