第3話 男同士で話そうか
毛皮店で働いた日の夜、僕とルディはエルムウッドに宿をとることになっていた。明日からまたタウルス高原までの道程を戻らなければならない。
「そろそろモルーカの顔が見たくなってきたよ」
「モルーカは君の顔を忘れているかもしれないぞ」
「何だって!?」
軽口を叩きながら宿に入り、僕は久しぶりのふかふかの寝台に感動した。移動中は御者席でルディと交代で眠ったものだ。一人は何かあったときの見張りで起きていなければならなかった。野生の獣や積み荷を狙う野党がどこに潜んでいるかわからないから、夜の間は護身用の銃を抱えて目覚まし用の煮出した濃い豆茶を飲みながら辺りを警戒し続けなければならない。今夜はとりあえず思いっきり足を伸ばして眠れると思うと嬉しかった。
「ちょっと、散歩に行こうぜ」
そのまま寝台で眠りそうになったけれど、ルディに誘われて僕は外へ行くことにした。夕方を過ぎた時刻になっても、エルムウッドの街は賑わっていた。
「へへ、やっぱり都会だな」
「よし、ちょっと遊びに行くか」
そうだ、開拓団のみんなにお土産を買っていかないと。今のうちに帰りの食料とかも買えば、明日の朝早く出発できるかな。
「ランドさんには何を買っていくんだい?」
帰りの道程のことを考えていた僕の背中をルディが思いっきり叩く。
「何言ってんだ、俺たちは遊びに来たんだぞ。親父のことなんか忘れとけって」
「ええ……?」
遊ぶ、か……。
そう言えば僕、あんまり遊んだことがないかもしれない。いろんな意味で。
「全くお坊ちゃんはこれだから。行くぞエリク」
ルディは僕を引っ張って街の中をずんずん歩いて行く。
いや、僕だって一応もう大人だし、彼の言う「遊ぶ」っていうのが何をするのかくらいはわかってる。
「ああうん、ええ、でもそのあの」
「つべこべ言うな。女の子のひとりくらいたまにはいいだろ」
「ひとりくらいって……」
「どうした?」
うう、いくらルディでも僕が女の子をよく知らないことを言うのはちょっと気が引ける。
「……まさか、女が怖いのか?」
「へへ、ああうんそういうことにしておこうかな」
すると、ニヤっと笑ったルディに思い切り腕を掴まれた。
「じゃあ女はいいから、朝まで付き合ってもらうぞ」
それからルディはその辺の酒場に入って、あっという間に僕の前にキツめの酒を置いて飲むよう迫る。まあ、たまにはそういう日があってもいいか。
「素直になれ。どういう子が好きなんだ?」
「そりゃ、可愛い子だよ」
「例えばどういう子なんだ?」
「ええと……君はどうなんだい?」
なんだろう、今日はやけに絡んでくるな。
「俺は、そうだな……ブルームホロウのエスティちゃんとか」
「エスティちゃんだって!?」
エスティちゃんと言えば、ブルームホロウのマーケットのお嬢さんじゃないか。身持ちも堅そうだし、マーケットの親父はちょっと厳つくて怖い感じだからそんな子に手を出すなんて僕は考えたこともないぞ。
「例えばの話だよ。いいじゃないか、おっぱいとか大きくて」
「確かに、彼女はそうだけど……」
エスティちゃんは確かにちょっと可愛いけど、でも僕の好みとは違うかもしれないな。
「そもそも、開拓団に若い女の子がいないのが問題だ。わかるか?」
「わかる」
あまり意識をしないようにしていたけど、ルディの言うとおりだ。今のところ開拓団に来る女性は既婚者か、結婚適齢期を過ぎた方々ばかりか、あるいはまだ幼い女の子だ。今のところ結婚できそうな年齢の女の子は、マリベルしかいない。
マリベルのことを思い出して、僕はまたふわっとした気持ちになった。そうだよな、マリベルが誰と結婚するのかとか、僕たちで考えてやらなきゃいけないんだよな。これは男同士の相談だ、うんうん。
「そもそもお前、マリィのことどう思ってるんだ?」
ルディに急に切り込まれて、僕は飲んでいた酒を吹き出した。うえ、鼻に、鼻のほうに酒が回ってくる! 頭全体がくらくらするぞ!
「ど、どうも思ってないよ! ただ……」
「ただ?」
僕のコップにルディがどんどん酒を注いでくる。少し頭が痛い、飲んで治すか。
「ただ、悪くはないんじゃないかな、と」
「うちの妹が悪くない、だって!?」
え、今のはまずかったのか?
「可愛い、可愛い! マリベルは世界一可愛い女の子だ!」
「そうかそうか、それで?」
それで、マリィは可愛くて、優しくて、気が強いけどおっとりしているところもあって、未だに僕のこと様付けなのは何でだろうって気になるんだけど頑固な一面があるのかな、おっぱいは関係ないだろ、僕は今マリィの話をしているんだ。もういい、酒はもういいよ自分で注ぐから。お前も飲めよいいから、エスティちゃんが何だって?
その後何だかすごく嬉しくなった気がする。あと泣いたような気もする。とりあえず、何を話したのかはよく覚えていない。でも、僕はルディと友達になってよかったなあと心から思ったことだけは何だか覚えていた。
***
気がつくと、僕は宿屋に戻っていた。ルディも隣の寝台でちゃんと寝ていた。
「うう、痛てて……」
世界が回る。気分がとても悪い。えーと夕べは……そうだ、飲み過ぎたんだ。
「おお、起きたか奥手野郎」
僕が苦しんでいることに気がついたルディが起きて、こっちを見ている。奥手野郎? 一体夕べ僕は何を言ったんだろう……全然覚えていない。
「……助けてくれ、飲み過ぎた」
「それなんだがな」
ルディは寝台から動かなかった。心なしか顔色が白い気がする。
「俺も飲み過ぎた。動けない」
そんなあ……。
「まあ一日くらい帰るのが遅れてもいいだろ。寝てようぜ」
寝るのはいいんだけど、この気持ち悪いのはどうにかならないのか……。
***
結局僕らはその日の夕方まで宿屋で寝ていて、それから帰り支度をして翌朝出発することになった。帰り道、少しルディがよそよそしかった気がするのは、気のせいだろうか。一体僕は何をやらかしてしまったんだろう……?
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