第3話 冬支度をしよう

 今年の冬が迫ってきた。冬になると強風が吹く頻度が高くなる。しかも数日連続で強風が吹き荒れることもあるから、人間も生き物も皆我慢の季節になる。


 冬に備えて、僕らはしっかり蓄えをする。秋が押し迫るとブルームホロウまでの買い出しに何往復もしなくてはならない。風があるうちは馬車を出すのも危ないので、できるだけ買い置きできるものはしておかなければならない。


「買い出しご苦労様です」


 僕が来る前、主にブルームホロウまでの行き来を担当していたのがランデル・ヴァレスさんとディロン・マーヴィンさんだった。冬支度は何往復もしなければならないため、僕とランドさん以外も馬車を出して買い出しに行くのだった。


「いや、俺は馬が使えればそれでいいんだ」


 ランデルさんは馬を扱うのが上手で、そのせいかバッファローの世話も上手だった。以前は駅馬車で御者をしていたそうで、崩れない積み荷の方法などを僕は教わっていた。


「ほら荷物を降ろすぞ、ディロン」


 ランデルさんに急かされて、もう一台の荷馬車を操ってきたディロンさんが降りてくる。ディロンさんは無口であまり話をしないが、ランデルさんの言うことはよく聞いていて二人はいつも一緒にいる。


 それから僕たちは倉庫に荷物を運び込み、メモの通りに品物があるかを確認した。ディロンさんは力持ちで、僕が持てないような荷物も軽々と運んでいく。全ての仕事が終わると、夕日が山の向こうに消えていくところだった。冬が近づくと、ますます明るい時間が短くなる。


「そうだ、久しぶりにいい酒が手に入ったんだ。エリク君もあとで一緒にやるかい?」

「僕はまだ仕事があるので遠慮しておきます、皆さんで頂いてください」

「そうかい、それなら遠慮なく」


 それから僕らは大会館へ行き、みんなで食事をする。それから開拓団の独身者は、独身者用の小屋へ帰っていく。御者のランデルさんと力持ちのディロンさん、それに木こりのザイラスさんと、農夫のアルディスさん。そこに動物学者のウォレスさんと酪農家のガレーさんが加わっている。本当は僕もここに加わらなければいけない気がするのだけど、「監督は監督です!」と僕とミネルバ用に用意された小屋に僕は住んでいる。そんなんでいいんだろうか、と僕はよく不安に思っている。


 最近は小屋が少し手狭になってきたので、建築家のレインさんが来春新しい家を作ろうかと計画している。それぞれが得意なことを生かし、また協力して開拓団は成り立っている。とってもいい感じだ、と僕は思っている。


 さて、今日はいよいよ溜まった報告書を書かなきゃいけないから眠れないかもしれないな……飲んでいいなら、僕も酒くらい飲みたいよ。


***


 いよいよ冬が近くなってくると、保存食の準備も始まる。風のせいで何日も小屋に閉じ込められることになるので、予めそれぞれの小屋に食料を運んでおくことになる。


 大会館では女たちによって、連日保存食作りが盛んに行われている。仕入れてきたトウモロコシの粉を焼いて固めのコーンブレッドをたくさん作り、バッファローの肉を燻製にして干し肉もたくさん作る。その他肉を塩漬けにしたり、仕入れてきた野菜を瓶詰めにしたり果物をジャムにしたりとやることはたくさんある。


「少しでも冬を楽しく過ごしたいですからね」


 そう語るのは、機織りの名人のイザベラ・ディバールだ。僕が保存食の数の確認に来ると、女性陣の中で一番年長の彼女と話すことになる。


「ただでさえ寒いのに、いつも冷たいお肉とパンじゃ飽きるでしょう? だから甘いジャムを小屋にひとつ置くのよ。私はジャム付きのパンを食べるときが楽しみだからね」


 彼女と話していると、僕まで穏やかな気分になる。今パン作りをしているのはイザベラさんの他に、マリベルとうちのミネルバ、ゼルタス家のリディアさんとメリア、お針子のセリーナさんとアリシアさんだ。カーペンター家のエリザベスさんは間もなく赤ちゃんが生まれるということで、今は家で休んでいる。


「それじゃあ僕も楽しく冬を越したいですね」

「あら、タウルスの冬を舐めたらダメよ?」


 僕はイザベラさんと笑って、大会館を後にする。あとでゼルタス家の長男ケーラと一緒にパン運びの手伝いに来よう。


 僕はイザベラさんと話す度に不思議に思うことがあった。イザベラさんの織る布はとても美しく、刺繍もとても素晴らしい。セリーナさんとアリシアさんはいつもイザベラさんの作る服を褒めていた。皆、うちのミネルバと同じくらいの年齢で明るく毎日を過ごしている。女性というのはたくましいなって本当にそう思う。


 でも、これだけ素晴らしい腕を持ったイザベラさんが何故開拓団にいるのか僕は気になっていた。しかし、皆昔のことはあまり語りたがらないので僕も聞くことができなかった。カーペンター夫妻やゼルタス夫妻のように、きっと何か訳があって街にいることが気まずくなったのだろうと僕は考えている。それは男性陣も同じで、皆が皆、何か訳があるのだ。そうでなければこんな辺鄙な場所に好き好んで来ようなんて思わない。


「……いや、好き好んで来ている人たちもいるか」


 僕の頭にウォレスさんとガレーさんが思い浮かんだ。これからバッファローを目当てに来る開拓者も大勢いるだろう。人がたくさん来ると、それを窮屈に思う人も出てくるかもしれない。ほとんど人のいない高原に住めるから、開拓団に参加したという人もいるだろう。人数が増えれば賑やかになるけれど、その分衝突も起きるに違いない。


 本当に、人をまとめる立場というのは考えることがたくさんあって大変だ。何故父は僕をこんなところに送ったんだろう。ランドさんの言うとおり、僕を信頼しているからだろうか。それとも、父の場合特に何も考えていないだけなのかもしれない。


 ……ああ、僕も人には言えない「訳あり」の人材かもしれないな。ちぇ。


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