第2話 開拓は進んでいるか?

 長毛種として掛け合わせた初めての子牛が生まれて、僕は俄然やる気が出ていた。


 難産の末に生まれてきた子牛は他の牛に比べて圧倒的に毛が長い、とは言いがたかった。それでも毛が長くなる因子をたくさん持っているだろうとウォレスさんは言う。僕は生まれてきた雌の子牛にソルテア族の言葉で希望を意味する「モルーカ」と名前をつけ、大切に育てることにした。


「君もすっかり農場が似合う男になったな」

「そうかい?」


 モルーカの様子を見に毎日牛舎に来る僕を見て、ルディは笑う。最近はガレーさんと一緒にバッファローの世話をするのが彼の仕事だった。


「最初に会った頃は、こんなひょろひょろに何が出来るんだって思ってた」

「そうだろうと思った」


 ルディの言うことは大体間違っていない。タウルス高原に来る前の僕は、本当に何をしていたんだと思うくらいひ弱だった。雨の日に外に出れば風邪をひき、晴れの日に外を走り回れば咳が止まらなくなった。その度に僕は母によって手厚い看病を受け、屋敷の外に出ることを固く禁じられていた。


「でも今はブルームホロウくらいまでなら、馬車を乗りこなすことも出来るよ?」

「ブルームホロウまで行ければ、そこから先は楽勝だろ」


 ブルームホロウは、タウルス高原の集落から一番近い村だ。月に一度、僕はランドさんと一緒にそこまで行って様々な物資を購入することになっている。トウモロコシの粉や様々な野菜に酒、医薬品や狩猟用の銃の弾丸まで、様々なものを馬車に積めるだけ積んで帰る。ついでに郵便物なんかも受け取って帰るので、僕らが村から帰ってくるのを楽しみにしている開拓団員も多い。


 ただ馬車を運転するだけならそこまで大変ではなかったけれど、問題はタウルス高原の集落まで向かう道が整備されていないところだった。平地を駆ける馬とは違う特別な登山用の馬でガタガタと崖道を走らなければならない。僕も最初はこの道に面食らったけど、今では何度も通っている慣れた道だ。


「登山用の馬を乗りこなしてるって手紙に書いたら、母さんから嘘を言うんじゃないって返事が来たよ」

「手紙だけなら信じないかもな。実際に来てもらわないと」


 僕は母が実際にタウルス高原に来たところを想像する。大きなバッファローを見ただけで気絶してしまいそうだ。やっぱり来なくていいかもしれない。


 でも、モルーカは見に来てほしいかもしれない。母牛に乳をねだって、腹の辺りを鼻でふんふんと押している仕草はとっても可愛い。


「することがないなら、牛舎の掃除を手伝ってくれよ」


 モルーカを眺めていると、ルディが横に立っていた。


「いいけど」


 本当は書きかけの報告書が山のようにあった。でも、モルーカのそばにいたかった僕はルディの仕事を手伝うことにした。


***


 長毛種を作る計画以外にも、僕らの開拓は進んでいた。まず大きなバッファローの牧場を作ることを目標に、そこで働く人たちを募集して次々呼び込んだ。ガレーさんのような酪農家に加えて、牛の解体や毛皮の加工を得意とする人も僕らは必要としていた。開拓団として必要なを意見を僕がまとめて首都のノヴァ・アウレアにいる父に送り、そこから人員や物資が補充されることになっていた。


 こうして広大なタウルス高原をそのまま牧草地とし、開拓団はバッファローを飼うことで生計を立てていくという方針は決まった。計画書と意見書、報告書は毎月父に書いて送ったけれど、今まで父から私的な手紙が送られてきたことはなかった。母からは心配の手紙が毎月、兄たちからも時々近況報告のような手紙は届くというのに。


 父からの書状が届く度に少しだけ期待をして、そして開拓団の運営のことしか書いていない書類を見るたびに、やはり僕は父から見捨てられたのだろうと思っていた。


『君のお父上は素晴らしい人だ、きっと君を信頼しているんだよ』


 ブルームホロウでがっかりする僕を何度もランドさんは励ましてくれた。それでも、どうして父が僕を気にかけてくれないのかよくわからなかった。その度、ランドさんのような立派な人を父に持つルディが少し羨ましかった。


 開拓団の皆は優しいし、僕にはミネルバという頼もしい仲間もいる。寂しいと思ったことはないはずだ。それでも、たまに僕は生まれ故郷のノヴァ・アウレアが恋しくなった。そんなときは、開拓団の皆の顔を思い浮かべるようにした。僕と違って、帰るところのない者のほうが多い。


 このタウルス高原を、僕がみんなの故郷にしないといけないんだ。


 少しだけ賑やかになった開拓団を前に、僕は「監督」という役職の重さを少しずつ考えるようになっていた。


***


「おーいエリク、今日は調子でも悪いのか?」


 ルディの声で僕は我に返った。モルーカを眺めているうちに、何となく自分の家族のことを思い出してしまっていた。すっかり手を止めていた僕をルディが変な顔で見ている。


「いいや、調子はいいよ」

「じゃあ、働け。後でマリィがクッキー焼くって言ってたぞ」

「本当かい?」


 マリベルの作ったクッキーなら、いくつだって食べられる。ますます僕はやる気が出てきた。牛舎の掃除も、報告書だって何だって終わらせてみせる!


「現金だなあ、お前」

「何言ってるんだ、僕は開拓団の今後のために一生懸命働くんだ」

「ああ、そうかい」


 ルディは自分の仕事をするために僕の前からいなくなった。僕はモルーカを横目に、その日は労働に勤しんだ。


 開拓団の今後のために、あとはマリベルのクッキーのために。

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