第2話 牛に名前をつけよう

 建築士のレインさんを中心とした開拓団一同とヴァインバード家から要請を受けてタウルス高原にやってきた人員のおかげで、ひとまず牛舎が完成した。これでバッファローたちが夜の強風に晒されることもなくなった。それと時を同じくして、開拓団に新しいメンバーが加わることになった。


「ウォレス・アードマンです。新種の牛が発見されたと聞いて、居ても立ってもいられずやってきました」


 ウォレスさんは大学で動物の研究をしていたそうだけど、バッファローの噂を聞きつけて調査をするためにわざわざタウルス高原までやってきたという。開拓団にいる屈強な男たちと違う、まだ若くて学者肌の彼に僕は少しシンパシーを感じる。


「どうも、よろしくお願いします」


 開拓団の代表として、僕とランドさんがウォレスさんを歓迎する。僕の右手から出てきた生き物とはいえ、バッファローは未知の生物に等しい。動物の専門家が開拓団に加わってくれるのは有り難いことであった。


「早速ですが、噂の牛を見せていただいてよろしいですか?」


 僕はウォレスさんを牛舎に案内する。タウルス高原の外れに自生している樹木で作った牛舎は堅牢で、風よけのために出入り口が厳重に閉じられるようになっていた。


「牛舎にしては立派な建物ですね……これが新種のコウゲンジカですか!?」


 ウォレスさんはバッファローを見て目を丸くした。こんなに大きな牛がこの高原にいるなんて思ってもいなかっただろう。


「そうです。大きくて立派で、何故か人にとても懐いているんです」


 僕の隣でランドさんが解説する。「人に懐いている」というところで僕はドキリとしたが、聞き流すことにした。


「しかし不思議ですね。タウルス高原の強風に耐えられるようにここまで大きくなったのでしょうか?」


 ウォレスさんは平均的なコウゲンジカとバッファローを比べているようだった。それからあれでもない、これでもないとバッファローを前にぶつぶつ考え込んでいるようだった。


「そう言えば、この新種の牛の名前はおつけになられましたか?」

「いえ、まだ皆『牛』と呼んでいます」


 ランドさんが答える。僕はどうやらこの生き物はバッファローと言うらしいということは知っていたが、そうすると僕がバッファローを出したことを話さなくてはいけなくなる気がして今まで黙っていた。バッファローという呼び名は僕とルディだけの秘密だった。


「そうですか……それでは、牛の名前を考えましょうか」

「是非お願いします」


 ウォレスさんはバッファローとランドさん、そして僕を順番に眺めてから手を打った。


「そうです! ヴァインバードぎゅう、でどうでしょう?」

「え、ちょっと僕の名前なんですか!?」


 そんな、僕の名前が牛につくなんて聞いてないよ!


「新種の動物なら発見者の名前をつけるのが通例です。それに、ヴァインバードという名前もこの牛にぴったりだ」

「で、でもなんか、ヴァインバードの名前を勝手につけたりしたら父さんになんて言われるか……」


 ランドさんは笑っている。


「それなら、私から君のお父さんにヴァインバードの名前を使っていいか許可をもらう手紙を書こう。それに、家の名前じゃないか。エリク牛のほうが好みかい?」

「うーん、それはもっと嫌です!」


 ウォレスさんとランドさんは笑っている。


「私はこの開拓事業に相応しい名前だと思うがね、エリク君」

「そうなんですか?」


 僕はランドさんの顔をそっと見上げる。


「君のお父さんのオズワルド殿は素晴らしい方だ。未知の自然への挑戦、新たな耕作地の開拓、それにソルテア族も積極的に開拓団に受け入れようという精神に私は感銘を受けたのだよ」


 アルドリアン領を開拓するにあたって、当初大帝国セレスティアは先住民族のソルテア族と大いに戦ったという歴史があった。数の上で不利を認めたソルテア族は、次第に住む場所を追われた。それから多くのソルテア族はセレスティア人として暮らすことを余儀なくされ、今では伝統的な暮らしをしているソルテア族はほとんどいないとされている。


「そう、ですね……」


 首都のノヴァ・アウレアにいるのは入植してきたセレスティア人がほとんどで、僕はタウルス高原に来ることになって初めてソルテア族の人とあったくらいだ。異民族と言っても僕らと特段外見に変わりはなくて、言葉や信仰する神の名前が少々違う程度だ。ノヴァ・アウレアではソルテア族を追い出そうという運動をしている人たちもいるし、彼らは野蛮で人をとって食べる、なんていう人もいた。


 ソルテア族も開拓団へ取り立てることについて、父は「今は人手が足りない。セレスティアだろうがソルテアだろうが、なんでもいいから開拓意欲があれば誰でも参加してよいことにする」と述べていた。僕も実際タウルス高原に来て広大な土地とあの強風を前にしたら、父と同じ感想を述べたと思う。


「じゃあ、ヴァインバード牛で決まりですね!」


 僕の感傷的な気持ちをよそに、ウォレスさんがあっけらかんと言う。


「まだわかりませんよ、父も牛なんかに名前をつけられるのは嫌だって言うかもしれないじゃないですか!」


 またウォレスさんとランドさんは笑った。そしてランドさんが送った手紙の返事には「好きにしてほしい」とだけ書いてあった。こうしてバッファローは正式に「ヴァインバード牛」と呼ばれることになった。ちぇ、自分事じゃないからってみんな好き勝手して……。


 まあ、僕が出した牛なんだから、僕の名前になるのは当たり前なんだろうけどね……。

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