第3章 開拓って何すればいいんだ?
第1話 カーペンター家の話
僕がバッファローを出せるようになって、タウルス高原の開拓はバッファローの扱いが中心となった。ひとまずは柵を立ててバッファローの群れを囲ったが、夜のうちに何頭か高原の奥へ行ってしまったようだ。彼らはこの強風が吹き荒れる高原で生きていけるのだろうか。
「牛を飼うなら牛舎を作らないと」
牛舎の設計をするのは、開拓団の建築担当のレイン・カーペンターさんだ。レインさんは奥さんのエリザベスさんと、娘さんのアビゲイルの三人で暮らしている。
今のところ、仮集落の建物は大体がレインさんの設計によるものだそうだ。森があるとは言え、かなりの強風がこの集落まで吹いてくる。まるで嵐のような風が夜中にざあっと高原を駆け抜けていく。それが一年中、特に冬の時期には多く吹いてくるらしい。それに耐えられるよう、家屋は全体的に低く頑丈な造りとなっている。この辺りに生えている木はこの風に耐えるため、それを切り出して牛舎を建てるという。
僕はレインさんと牛舎の建設についての打ち合わせをした。足りない資材や人手など、必要なことは月に一度、父に意見書を送れば大抵のことは叶えられた。人手が必要なときは、彼らがタウルス高原に留まっている間の食事や寝床の世話なども考えなければならない。監督とは考えることが多くて大変だ。具体的なことは、あとでランドさんと一緒に考えよう。
打ち合わせが終わった後、僕はレインさんとバッファローたちの様子を見に行くことにした。
「まさかこんな大型の獣がこの高原にいるなんてね」
レインさんは柵の中にいるバッファローを見て、満足そうに言う。
「他にこの高原に獣はいないんですか?」
「何回か調査したけど、森にリスやウサギなんかの小型の獣、あとはモグラとかが生息しているくらいだったな。山の斜面にコウゲンジカはいたけど、高原にはいなかったよ」
バッファローは柵の中でのんびりしている。
「でもこの牛、大きくて頑丈そうだ。さすがタウルス高原の強風に耐えて生きてきただけあるな」
「そ、そうですねー」
その言葉に僕はドキリとする。タウルス高原の強風にバッファローが耐えられるかどうか、実際のところ僕はわからない。でもあれから久しぶりに吹いた強風の後も大人しく柵の中にいるところから、大体のところは大丈夫なのではないだろうか。こういうときは、楽観的になるしかない。なるようにしかならないんだから。
「もうじき立派な家を作ってやるからな、待ってろよ!」
レインさんはバッファローたちに手を振った。僕は、レインさんはとてもいい人なんだろうと思った。開拓団の中でも真面目で、ランドさんの次くらいにリーダー気質がある人だと思っている。開拓団では建築を担当していて、大工の腕も見事なものだ。
そんなレインさんが何故開拓団にいるのかを、僕はルディから聞いていた。レインさんの生まれは本国セレスティアで、かなりいい身分の家に生まれたようだった。ところがレインさんの実家と敵対する家にいた奥さんになるエリザベスさんと大恋愛、周囲の猛反発の末手に手をとってアルドリアン領まで逃げてきて、それでそのまま何かの縁で開拓団にいるらしい。
今のところ、レインさんは奥さんと子供と幸せそうに暮らしていると僕は思っている。でも、その裏で彼らが何を思っているのかはよくわからない。僕だって開拓団の監督という偉そうな肩書きはあるけれども、ヴァインバード家から厄介払いをされたようなものだ。居場所を追われてしまったレインさんには何となく同情してしまう。
「おそらく今夜あたりもキツい風が吹いてくるだろう。エリク君も戸締まりはきちんとしてくれよ」
「はい、わかりました」
タウルス高原は夜になると猛烈な風が吹くときがある。人間でも飛ばされてしまいそうな風がしょっちゅう吹くため、ここは人間が住むのに適した場所ではないと言う人もいる。しかし、広大な土地とそこにあるかもしれない未知の資源はアルドリアン領に住む人にとってとても魅力的なものだ。
大帝国セレスティアが領土を広げ、新大陸にアルドリアン領を設置してからおよそ六十年が経つ。今まで海岸線沿いの地域や平地に領土を広げてはきたけれど、内陸部に広がる山地はほぼ手つかずのままだった。開拓精神溢れる人々によって山地の手前までは人間の住む土地が広がっているが、そこから先は広大な大自然だ。そこを開拓するのが、僕らなんだ。
「もうしばらく辛抱してくれよ」
僕は柵の中で草を食べているバッファローたちに声をかけて、大会館へ向かう。炊事の燃料を節約するため、料理は大会館でまとめてする。そして開拓団の皆で集まって大会館に集まって夕食を食べることになっていた。
僕はランドさんや開拓団の人々から森で今日あった出来事などを聞いた。それからすっかり打ち解けたルディやマリベルと話をして、食事が終わるとそれぞれの小屋に戻ることになっている。
「今夜は風が吹くぞ」
「戸締まりを厳重に」
挨拶のように風への警戒の言葉が飛び交う。外に出ると、既に強風が吹く前の前触れのような風が吹き始めていた。
「エリク様、さあ早く」
「わかってる」
僕はミネルバと小屋に戻り、扉と窓の重い雨戸をしっかりと閉じる。こうしないと扉や窓が風で飛ばされてしまい、そこから家の中に強風が吹き込んできて家が壊れてしまうらしい。レインさんが苦心の末に設計した、強風に耐えられる小屋でなければ根こそぎ吹き飛んでしまうそうだ。
僕らが小屋に戻ってしばらくして、外の風が強くなる音が聞こえてきた。ごうごうと音を立てて荒れ狂う風は向こうの山脈から吹いてくるらしい。僕は外にいるバッファローたちが心配になった。こんなに強い風の中、彼らは外にいるのだから
翌朝、風が止んでいることを確認して僕は一目散に小屋を飛び出した。バッファローの柵まで行くと、彼らはのんびり草を食んでいた。僕は安心して強風に耐えたバッファローたちを心の中で讃えた。
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