第5話 星空のバッファロー

 僕が出した三頭のバッファローを見て、開拓団は大いに盛り上がった。


「ここを数年調査してきたけど、こんな牛が生息していたなんて大発見だ!」


 団長のランドさんは本当に驚いている。生息していたんじゃなくて、さっき僕が出したんだけどね。


「今ならまだ近くに多くの仲間がいるかもしれないが、今日はもう日が暮れる。探索は明日にしよう」


 ランドさんの提案で、僕たちはひとまず集落に戻ることになった。バッファローたちは僕に着いてこようとしたけど、ルディが「ここにいろ」というような仕草をすると大人しく集落の外に留まった。しゅんとしているバッファローを見ていると、何だか僕の方が寂しくなってしまう。


 久しぶりに外に出てふらふらになった僕は、ルディに抱えられるようにして小屋まで辿り着いた。熱が下がったとはいえ、数日寝込んだ後はやはりすぐに起き上がれるものではない。


「エリク様、一体何があったんですか!?」


 集落で待っていたミネルバが驚いている。最後に彼女が見た僕の姿は、高熱で起き上がることもできないくらい弱っていたんだものな。それが急にすたすた歩き回っていたら、びっくりするに決まっている。今日は驚く人の顔をよく見る日だ。


「へへ、ちょっとね……」


 ミネルバに何があったのか最初から話す気力は僕になかった。ルディと顔を見合わせて笑う僕らを、ミネルバは不思議そうに眺めていた。


***


 その日の夜、倒れるように眠っている僕のところにルディがやってきた。そして高原の探索が行われる前に僕が更に牛を出して、バッファローの群れを作ってしまおうという計画を打ち明けてきた。


「え、今から出かけるのか?」

「もちろん。さっきより元気になったんだろう?」


 僕は言われるままに外着を着て、ルディと共に集落の外を目指した。ルディの手にするランプと月明かりを頼りに、僕たちは集落から離れていく。


「すごい星だなあ」


 僕は頭上に煌めく星に圧倒されていた。空に近いせいか、タウルス高原の星空は平地に比べてはっきり見える気がする。


「星なんて珍しいのか」

「うん。こんな風にちゃんと見たことなかったかもしれない」


 そう言ってから、僕はまた恥ずかしくなった。ルディはこんなもの珍しいと思っていないだろう。それに僕と違って山のいろんなことを知っているから、何も知らないくせに開拓団の監督になった僕を軽蔑すると思った。


 優秀な兄たちなら、勇ましい開拓団の中に入って一緒に仕事をしたりしたのだろうか。身体が弱くてそれほど頭も良くない僕にはそんなことちっともできるとは思えない。今こうやってルディについていくのが精一杯の僕が、開拓なんてやっぱり無理なんだ。


 そんな卑屈になる僕の心中を知ってか知らずか、ルディは空を仰ぐと天を指さした。


「それなら、あの赤い星を覚えておくといい。あれが俺たちの集落への目印だ」

「……そうなんだ」


 ルディは僕のことをバカにしなかった。それどころか、それから目印になる星を他にもいくつか教えてくれた。何だか僕は勝手にルディに対して引け目を感じて勝手に卑屈になっていたことがわかって、自分がとっても小さい存在なんだって悔しくなった。


「すごいね、何でも知ってるんだね」

「何でもではないよ、知ってることを知ってるだけ」


 すると、ルディは空を見上げるのを止めた。


「星の位置なんか覚えたって、開拓は進まないからね」


 ルディの声は少し寂しそうだった。僕なんかと違って勇敢なルディがそんな声を出すのが、僕には場違いのように感じられた。


「でも、君はすごいじゃないか。僕と違ってウサギを捕まえられるし、開拓団でも立派に働いているし……」

「そんなことないよ。たまたま父さんがこういう仕事をしていたから、俺もこういうことが出来るだけだ。そんなこと言うなら、君だってすごいじゃないか」


 すごい? 僕が?


「正直、俺は想像できないよ。爵位のある家に生まれて、ずっと身体が悪くて家の中で好きに動き回ることもできないなんて。今日、君と一緒に初めて外に行ってようやくわかった」


 そう言われると、僕は僕で苦労してきたのかもしれないな。高熱で寝込むなんていつものことだと思っていたけど、ルディから見れば大変に思うのかもしれない。


「最初は僕より年下のくせに監督だなんて偉そうな奴なんじゃないかって思ったけど、君はちっとも威張らないし、気遣いはあるし、それに……」


 ルディの言葉が止まったところで、僕は混ぜっ返す。


「手から牛が出せることかい?」

「そう」


 僕たちは笑った。星がとてもきれいだった。


「またここに来ようよ、牛とか抜きにして」

「そうだな」


 夜気は冷たいはずなのに、なんだか僕の心は暖かくなった。夜の高原は何もなくて酷く寂しいはずなのに、妙にこの場所にまた来たくなった。


「じゃあ、この辺で出しておこうか」


 僕は右手を出して、バッファローを何頭か出す。次々と高原に大きな牛が出現する。


「何頭くらいがいいだろう?」

「三十頭くらいでいいんじゃないか? 雄と雌、年齢なんかもバラバラに出せるかい?」


 雄と雌は考えていたけど、年齢までは考えていなかった。僕は子牛から若い牛、そして少し年老いた牛までなるべく幅広くなるよう調整しながら、バッファローを高原に放った。バッファローたちは固まって、僕らと一緒にしばらく高原の星空を見上げていた。


「さて、帰ろうか」


 僕とルディは赤い星を目印に集落に戻った。翌朝、早速開拓団は新種の牛の群れを発見したことで喜びに沸いていた。僕はルディと何事もなかったかのように新種の牛について喜び合った。


 これからこの集落、そしてタウルス高原がどうなっていくのか僕は楽しみになっていた。

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