第4話 きっかけのバッファロー

 右手からバッファローを出せるようになった僕は、開拓団の団長の息子のルドルフ――ルディと一緒に三頭のバッファローを集落のはずれまで誘導することになった。


「そう言えば、ルディは何をしにここまで来たんだい?」


 僕に聞かれて、ルディは思い出したように地面に落としたウサギを拾い上げる。


「森でウサギを捕まえたから、寝込んでるって聞いて届けてあげようと思って。ほら」


 ほら、と死んだウサギを渡されても、僕はどうしたらいいかわからない。とりあえず、ぐにゃっとしたウサギの耳をどうにか掴んだ。


「あとでミネルバに何とかしてもらうよ」


 僕は受け取ったウサギを小屋に置きに行く。何だか僕が軟弱者に見られたみたいで、あんまりいい気はしない。ルディは森林監察官だったランドさんの息子だから、森の獣なんかには慣れているんだろう。僕は……まだまだだ。今だって、バッファローをどうしていいかよくわかっていない。僕自身が出した獣だっていうのに。


 ついでに、僕は寝間着のままだったことを思い出す。急いで着替えて外に出ると、ルディがバッファローたちと遊んでいた。僕はどうしていいかわからなかったのに、彼は獣の心がわかるんだろうか。すごいな。


「それじゃあ、行こうか」


 僕が歩き出すと、バッファローたちも僕についてくる。なんとも不思議な感じだ。野生の獣という感じが一切しない。


「僕のことを親だと思っているのかな……?」

「実際、そうだろう? 君から出てきたんだから」


 ルディに言われて、僕ははっとする。そう言えば、このバッファローたちってどこから来るんだろう?


 夢の中で女神様が言っていたことには、僕は生まれる前に別の世界にいたということらしい。つまり、このバッファローたちはその世界からやってきているということになるのだろうか? それとも、僕の右手にバッファローを生み出す力があって、そこからバッファローが誕生しているということなのだろうか? それなら、この牛たちの親牛たちはどこにいることになるんだろうか? まさかやっぱり僕が牛の親ってことになるのか? この牛たちは僕の子供になるって? そんなまさか!


 雌牛と牡牛、そして子牛が存在するんだからきっとこの牛たちだけでも繁殖はできるはずだ。それなら僕が生み出すバッファローは一体どこからやってきたことになっているんだろう?


「父さん、びっくりするだろうな。タウルス高原の入り口だけだけど、生物調査は終わっているんだ。こんな牛がいるなんて思ってもいないはずだ」


 歩くバッファローを眺めながら、ルディが呟く。


「コウゲンジカみたいだけど、それよりも頑丈で大きい牛だ。きっとタウルス高原の強風にも負けないから、俺たちでも飼えるかもしれないぞ」

「そんなにここの風はすごいのかい?」


 今が風が比較的穏やかな夏の時期なので、まだ僕はタウルス高原の風を経験していなかった。


「すごいなんてもんじゃない。今は夏だから比較的穏やかだけど、冬は何日も嵐が続くときがあるからしっかり家に篭もっていないといけないんだ」

「そうなんだ……」


 僕はタウルス高原の遥か先にある山脈を見る。そこから吹き付ける強風が高原を横切るため、背の高い木が存在しないとされている。僕らがいるのは高原のほんの手前で、ここから先はまだ人間が足を踏み入れていないほとんど未知の世界とされていた。


「まあ、開拓団にかかればこんな高原あっという間に都会にしてやるよ」

「ふふ、頼もしいな」


 僕は何だか楽しくなってきた。この前までタウルス高原に来るのが不安で不安で仕方がなかったのに、今ではこの高原の奥について知りたいと思っている。


「さて。この辺でいいんじゃないか?」


 集落の外にやってきた僕たちをおいて、ルディは大人たちを呼びに一度集落の方へ戻った。残された僕は、その辺の草を食べている三頭のバッファローを改めて眺める。毛並みは濃い茶色で、大人のバッファローには立派なツノが生えている。コウゲンジカを想像してみたんだけど……バッファローってこういう生き物なのかな?


 ふと、僕には生まれる前の世界があったらしいということを思い出した。あの夢はただの夢ではなく、本当に神様のお告げだったのだ。だからこうやってバッファローを出すことができるのだけども。僕でない僕は、一体どんな奴だったんだろう。酷い人生だったって言っていたけど、どういう死に方をしたんだろう。


 いろいろ考えて、僕は背中がぞくぞくしてきた。自分の制御できないところで自分によくないことがあったなんて聞いたら、あんまりいい気がしない。しかも僕がタウルス高原に追いやられたのも、とても良いことのように言っていた。


「……本当にこれでよかったのかなあ?」


 疑問は尽きないけれど、今僕に出来ることはタウルス高原の開拓事業に携わることと、あとはバッファローを出すことくらいだ。


 集落のほうを見ると、ルディがランドさんたちを連れてこっちに向かってくるのが見えた。僕の世界の仲間の姿を見て、僕は何だかとても安心した。


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