第2話 試してみるバッファロー
夢の中で、僕は胸の大きな女神様から牛を出せる超能力を授かったという話を聞いていた。
「しかし、そんな超能力があるなんて聞いてないぞ」
「赤ん坊のうちから能力があって、間違って力を暴発させてしまったら危ないでしょう? ですが、身体も心もしっかり成人に近づいた今なら大丈夫です! こちらでそう判断させていただき、ただ今をもってあなたのスキルが開放されました! おめでとうございます!」
女神様はぱちぱちと拍手をする。これは、つまり大人になったことを祝ってもらえたということなのだろうか? 僕はまだ自分のことを全然子供だと思っているんだけどな。
「それで、どうやってそのコウゲンジカを出すんだ?」
変な夢はまだ続いている。僕はせっかくなので、彼女の話をもう少し聞いてみることにした。
「それはですね、こうやって右手をまず突き出します」
僕は女神様に倣って、右手を前に出してみる。
「それから、心の中でバッファローを思い浮かべて呪文を唱えます」
僕はバッファローについては覚えていなかったけど、コウゲンジカのような生き物だということで、大きなコウゲンジカを思い浮かべる。これでいいんだろうか? 呪文を唱えるなんて、なんだか英雄伝に出てくる魔法使いみたいでかっこいいな。
「呪文は『バッファローさんバッファローさん、おいでください』です」
思ったより平凡な呪文に僕は拍子抜けする。
「そんなくだらない呪文で生き物を召喚するんですか……?」
「あら、『我と契約し偉大なる神獣よ目を覚ませ』とかのほうがいいかしら?」
「……おいでくださいでいいです」
こ、こういう呪文はわかりやすいほうがいいからな! 決して後から女神様の提案した呪文がダサいと思ったから、とかそういう理由じゃないぞ!
「とにかく、これでそのバッファローが無限に生み出せるんですか?」
「ええ、そうよ」
女神様はにっこり微笑んで、僕に手を振る。
「それじゃあ、ラッキーチャンスの人生楽しんできてね~、グッドラック!」
女神様の姿がどんどんかすんで、次第に見えなくなっていく。ああ、変な夢だったなあ。それにしても胸が大きかった。もう少し覚めなくてもよかったかもなあ。
***
気がつくと、タウルス高原の冷たい空気が辺りに漂っていた。僕は身体を起こして、周囲の様子を観察する。
確かに僕はエリク・ヴァインバードで、ここはタウルス高原の小屋の中だ。ラッキーチャンス、という聞きなれない言葉が僕の頭の中をぐるぐる回っていた。
「夢、だったのか……?」
それにしては胸が大きい、いや生々しい夢だった。その胸の大きな女神様が言うには、僕が他の世界からやってきた人間で、右手から、えーと、なんだっけ、バッファロー? が出せるんだっけ?
「バッファローってなんだっけ……?」
確かに、僕はそれを知っていたような気がする。前の世界にいた動物のはずだ。角があって、大きくて、ごっついコウゲンジカのような生き物。僕はそう記憶していたような気がする。
「バッファローさんバッファローさん、おいでください」
僕は騙されたつもりで右手を突き出し、呪文を唱えてみた。この後何も起こらなくて「まさかな」って僕は言うつもりだった。本当にそうなるわけはないと思って、ふざけてみたつもりだった。
まさか本当にバッファローが出てくるなんて思わないじゃないか!
「うわあああ!!」
僕の右手が一瞬光ったかと思うと、目の前に見たこともない大きなコウゲンジカが現れた。これがバッファロー、なんだろうか!?
ぶももももっ
「わ、あ、あ……」
バッファローは茶色くて、大きな身体だった。僕のベッドの横に佇むバッファローはきょろきょろと部屋の中を見回している。
「と、とにかく外に……」
僕は急いでベッドから飛び降りると、バッファローを外に出そうと思った。小屋の出入り口、通るかな……?
「で、でも本当に出せるんだ……バッファロー……」
バッファローは僕を親だと思ってるのか、僕についてきてくれるようだった。角が小屋の出入り口に引っかかったけれど、何とか小屋の外に出すことが出来た。村の男たちはまだ森の方にいるし、女たちはミネルバも含めて大会館で夕食の準備をしている。小屋の付近に人影はなかった。
「これが、バッファローなのか……」
日の光の下で見るバッファローは立派な獣だった。茶色の毛並みがふかふかで、よく見るととても愛らしい。この動物を、僕は好きなだけ出すことができるのか。牛みたいだし、肉や毛皮や乳が取れるだろうか。そうしたら開拓団の人たちは楽になるだろうか。このタウルス高原で、このバッファローなら生きていけるかもしれないしな。
「おい」
ぼんやりバッファローを見つめていると、いきなり呼びかけられた。驚いた僕はおそるおそる振り返る。
「なんだ、その……動物?」
僕の後ろには、死んだウサギを持ったルドルフが立っていた。そしてバッファローを見て、声をかけられてびっくりした僕以上に目を白黒させていた。
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