第2章 右手からバッファローが出るなんて
第1話 目覚めるバッファロー
僕がタウルス高原にやってきて、一週間くらい経った。
ミネルバは早々に開拓団に馴染んで、女の人たちに混ざって繕い物をしたり料理をしたりしている。僕はといえば、ずっと家に篭もって報告書を読んだりランドさんに手伝ってもらって計画書を書いたりしている。果たして僕が開拓団の役に立っているのかどうか、とても自信がない。
そうこうしているうちに、僕はまた風邪をひいて寝込んでしまった。最初はいつもの体調不良だと思ったけれど、熱が下がる気配はなかった。医者もすぐに来ない辺境の地では、ミネルバが隣で祈り続けることくらいしかすることがなかった。
きっと僕はもうダメなんだ。このまま、何の役にも立たずに死んでいくのかと思うと僕は悔しくて仕方がなかった。
***
「……えてますか、覚えていますか?」
誰かの声が聞こえてきて、僕は身体を起こす。高熱でうまく働かない頭で、一生懸命話を理解しようとする。
「誰ですか?」
「その様子ですと、覚えていませんね」
気がつくと僕の目の前に、金髪の美しい女の人が立っていた。今まで僕が見たこともない変わった服装をしていて、長い髪をなびかせている姿は神々しくまるで女神のようだった。それに胸が大きい。
「あの、話がよくわからないんですけど」
彼女は僕のことを知っているようだ。いきなり覚えているだの覚えていないだの言われても、僕には心当たりが全くない。
「よくわからなくても、お知らせみたいなものなのでとりあえず聞いてくださいね」
女の人が続ける。彼女の胸は大きいな。
「あなたの魂は前世において大変悲惨な状態にあったために、スキルを得て生まれ変わりが出来るというラッキーチャンスを獲得しています」
「何それ」
前世? スキル? 何だそれ?
「つまりですね、今のあなたに理解できるように説明するならばあなたは一度死んでいるんです」
「はぁ?」
僕が死んでいるだって? まるで意味がわからない。
「ですから、死んで今のあなたに生まれ変わったわけです」
そもそも「生まれ変わる」ってどういうことなんだろう。死んだ人間の魂は神の
「じゃあ、一度死んだ僕は神の御許へ行けなかった、ということですか?」
「そういうことになりますかね」
ショックだった。僕が神の御許へ行けない罪人だったなんて、やっぱりこれは何かの悪い夢に違いない。
……いや、案外これは本当の話なのかもしれない。そう考えると、僕の身体が弱いことやこんな辺境の地においやられてしまったことなどにも説明がつく。つまり、これは新しい身体で罰を受けているという告知なのだ。
「あ、変な意味ではないですよ」
僕の暗い考えを察したのか、彼女が続ける。
「むしろラッキー……幸運なことなのです」
「幸運だって?」
にわかに信じがたかった。死んで永遠の庭に入れないことの何が幸運だと言うのだろうか。
「先ほど申し上げましたとおり、あなたの前世は悲惨そのものでした。私、転生の女神はそんな魂を安寧に導く手助けをしております。そこで厳正な抽選の結果、あなたがラッキーチャンスに恵まれたというわけです」
つまり、この女神様が僕の魂を救済するということなのだろうか?
「あなたが子爵家という裕福な家庭に生まれたのも、広大な辺境で暮らすことになるのも、運命の女神と共同して調整させていただきました」
「何だって!?」
じゃあ、この女のせいで僕はタウルス高原なんて場所においやられたっていうのか!?
「まあまあ、話は最後までお聞きください。あなたは特殊スキル……天から授けられた超能力を持っているのです」
僕が、超能力だって? もうわけがわからない。まあ、どうせ変な夢なんだから最後までこの胸が大きい女神様の話を聞こう。
「前世にいたバッファローという生き物を覚えていますか?」
バッファロー……そう言われると、聞いたことがあるような、ないような。でもどんな生き物だったのかと言われると、まるでわからない。
「覚えてないですね」
「今のあなたの世界でいうところの、コウゲンジカに近い生き物です」
コウゲンジカ、か。高地に住むことに特化した偶蹄目で、タウルス高原に至る山々に生息している。斜面に住む生き物のため、足腰は強そうだけど小柄で身軽な身体をしている。とてもではないが、タウルス高原の強風の中で生きていけるようには思えない。
「そのコウゲンジカがどうしたんですか?」
「あなたの特殊スキルは、バッファローを無限に出せることです」
「はぁ!?」
生き物を無限に出せる、だって? ますます変な夢だ。
「ちなみにバッファローは、コウゲンジカの数倍大きな身体をした牛のような生き物です」
「そうなのか!?」
しかもコウゲンジカより大きな牛と来たものだ。そんなものを僕が出せる、だって? 目が覚めたら、この妙な夢を日記にでも書き留めておこうか。夢の中なのに、僕は変に冷静になってしまった。
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