第2話 フロンティア家の話

 僕を乗せた馬車はガタガタ道を無事に下り、タウルス高原手前にある森の仮集落に到着した。いくつかある小屋の中央に位置する大きな建物の前で馬車は止まった。


「やあようこそ、お待ちしていました」


 僕を出迎えたのは、たくましい体つきの男性だった。握手をして、お互いに自己紹介をする。


「私、開拓団長を務めていますランド・フロンティアです。これからよろしくお願いします」

「ヴァインバード家より開拓事業の監督として参りました、エリク・ヴァインバードです。こちらこそどうもよろしくお願いします」


 ランドさんは太い両腕に日焼けした肌が眩しい、いかにも「山に住んでます」というような格好だった。それに比べて、僕は風邪をひきやすく屋敷からあまり出たことがなかったのでひょろひょろの痩せっぽちだ。こんな情けない僕が、一体この高原で何ができるっていうんだろう。


「ほらルディ、マリィ! エリク様が到着なさったぞ!」


 ランドさんが建物の中に声をかけると、初めに栗色の髪の女の子が出てきた。その後から僕と同じくらいの年頃の少年が出てくる。彼も女の子と同じ色の髪で、二人は兄妹なのだろうか。


「私の子供たちです。ほら、挨拶しなさい」


 ランドさんに促されて、二人が僕の前に出る。


「マリベル・フロンティアです! よろしくお願いします!」


 元気いっぱいの女の子と反対に、少年の方はぼそりと挨拶をする。


「……ルドルフ・フロンティアだ。よろしく」

「エリク・ヴァインバードです。皆さんと会えて光栄です」


 僕はマリベルとルドルフに握手を求めた。マリベルはにこにこと握手に応じてくれたけど、ルドルフの方はやや僕に敵意を向けている気がする。


 そりゃそうだ。僕は今、ここでは余所者の上に何もできないただの子供でしかない。先にここで暮らしている彼らからすれば、お荷物でしかないだろう。


「エリク様、長旅お疲れでしょう。夜までゆっくり休まれて、それから歓迎会を開きましょう」


 ランドさんは僕とルドルフとの間に流れている気まずい雰囲気を察したのか、僕の肩を叩いて間に入ってきた。


「あの……僕、エリクでいいです」

「でも、皆の手前示しがつきませんから」


 開拓団をまとめているランドさんの言いたいこともよくわかった。でも、僕はやっぱりこの場所では一番の新入りだ。何もできないくせに様づけなんかされたら気まずくて仕方がない。


「でも、ほら、あの……まだ僕一応子供ですし、皆さんのお役に立てるわけでもないですし……」

「何を仰っているんですか。エリク様がいらっしゃるから開拓事業は進むんですよ」

「そうかもしれないけど……」


 僕はさっき見たルドルフの目が忘れられなかった。余所者を警戒する、とげとげしい目だ。


「でもやっぱり、僕は皆さんと同じように扱ってほしいです。開拓事業団の監督ではなく、しばらくは開拓団のひとりの少年として皆さんと過ごすのでは、ダメでしょうか?」


 僕の申し出にランドさんは少し困ったような顔をしたけれど、すぐにさっきの頼もしい顔に戻った。


「わかりました。その方が開拓団にも早く馴染めるでしょうからね……頼んだよ、エリク君」


 そしてランドさんは僕に手を差し出す。僕はランドさんと再び固く握手をした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それじゃあひとまず、お茶でもどうだい?」


 ランドさんのはからいで、僕とミネルバは建物の前に腰掛けた。この建物は大会館と呼ばれていて、集会所のような役割をしているという。ランドさんから軽く説明を受けているうちに、マリベルがお茶の入ったカップを運んできた。真っ黒でいい香りの、僕には馴染みのないお茶だ。


「豆茶です。首都ではあまり飲まれませんか?」


 ここに来る途中、御者の人たちがよく飲んでいたので香りだけは知っていた。仕事の目覚ましに飲むと言っていたな。試しにひとくち飲んでみるか。


「……苦っ!」


 焦げた豆のような味わいの、どろっとした不思議な味わいのお茶だ。僕が苦さに驚いていると、ミネルバも目を白黒させている。


「変わった味の、お茶ですね」


 ここでは平地のお茶の代わりに、豆茶が普通らしい。うう、そのうち僕もこの味に慣れるんだろうか。


「こちらもどうぞ」


 マリベルから僕らはジャム付きのパンをもらった。甘い味が苦くなった口と疲れた身体に染み渡っていく。パンも……なんだろう、少し変わった食感だ。山の食事は平地とは結構違うんだなあ。


***


 それからランドさんと彼らの子供たちに手伝ってもらって、僕はミネルバと一緒に馬車から荷物を降ろす作業にかかる。僕らの私物は大して持ってきていないが、首都から持ってきた土産物を開拓団の人たちに手伝ってもらって大会館に運び込んだ。


「坊ちゃまはお休みになっていてください」


 荷物を運ぶ僕に、ミネルバが声をかける。先ほどランドさんに「様付けはやめてくれ」と言ったのに、これでは締まりがない。


「あの、ミネルバもそろそろ坊ちゃま呼びはやめてくれない? もう小さな子供でもないし」


 するとミネルバは変な顔をして、少し考えた後に僕に向き直る。


「そうですか……それならエリク様はお休みになっていてください」

「様は残るんだ……」

「当たり前です! 私はヴァインバード家に仕えている家政婦としてやってきているのですよ。エリク様に何かあったら、旦那様と奥様に申し訳が立たないじゃないですか!」


 どうせ首都からずっと離れた場所だし、様なんかつけなくたって別にいいじゃないか。しかし、真面目なミネルバとしてはそんなの許されたことではないんだろうな。


「とにかく、お休みになられないのならまずは荷物の整理をしますよ。私たちが住む小屋に荷物を運んで、お土産の整理もしてですね――」


 しかし、あれだけガタガタ道を一緒に来たのにミネルバは元気いっぱいだな。


「着いたばかりだし、もう少し休んでからでもいいんじゃない?」

「そうですか? 先ほどの豆茶のせいですかね、私は元気一杯ですよ」


 そう言われると、少し疲れが取れたような気もする。

 すごいな豆茶。山の暮らしはやっぱり平地とは全然違うんだな。

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