空虚な輪郭

第1話 空虚な輪郭

 朝の冷気が、皮膚に薄刃を滑らせるように触れて目を覚ました。窓の外にはくすんだ空が広がっており、思わず深いため息をつく。ベッドから身を起こすのも億劫だったが、日常の足枷に抗うことなく、いつものように制服に袖を通す。鏡に映る自分の顔には、昨日と変わらぬ倦怠感が漂っていた。

 通学路はまるで慣れた機械のように足を進める人々で埋め尽くされていた。歩くたび、アスファルトの音がただの背景音のように耳に流れる。風の冷たさも、すれ違う顔も何一つ心を揺さぶらない。学校に着いた時、自分がすでに心ここにあらずであることを認識する。

 教室に入ると、笑い声が空気を震わせていた。友人たちは楽しげに話しているが、その中に加わる自分は、ただ場を埋めるだけの存在に過ぎないような気がしていた。笑い声はどこか遠く、手の届かない場所で響いているようだった。「おはよう」と言葉をかけられ、自分もそれに合わせて笑顔を作る。しかし、その笑顔がどれほど空虚なものか、自分自身が一番よく知っている。

 授業が始まる。教壇に立つ教師の声は、壁に反響して吸い込まれていくかのようだった。黒板に書かれる文字の一つひとつが、まるで他人事のように思えた。ノートを開き、ペンを走らせるが、心のどこかで「何のために?」という問いが渦を巻いている。それを押し殺そうとしても、抗えないほど深い空虚感が根を張っていた。

 昼休み。友人たちと囲む弁当の時間も、薄い膜で隔てられた世界のように感じる。話題は流れ、笑いはこぼれるが、自分にはその輪の中心が見えない。表面だけを滑るような会話に、疲労感ばかりが募っていく。「楽しい」という言葉が自分の口から零れた瞬間、誰も気づかない違和感が一瞬だけ通り過ぎた。

 放課後のチャイムが鳴ると、足早に教室を後にする。窓の外には赤みを帯びた空が広がっていたが、それさえも何かを映し出す余裕のない風景だった。足元を見つめ、歩を進めるたびに、「いつかこの日常から抜け出せるのだろうか」と心の奥底で問いかける。答えは見つからない。けれど、それでも歩みを止めることなく、ただ進み続ける――明日も同じ道を辿る自分を見つめながら。

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空虚な輪郭 @tokiusa18

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