第7話 猫、アイツと和解する

『おい、どうなった?』

 猫の前で止まると、ユニアルはランプを点滅させた。

《御主人様ハ、アノ方ヲ追イ出ス事ヲ反対シテイマス。アナタトアノ方ガ仲良クナル事ヲ望ンデイマス》

『誰があんな奴と仲良くなるもんか!』

 猫は憤慨し、激しく尻尾を床に叩きつける。

《ソウシナケレバ悲シイト仰ッテイマシタ》

『悲しい? ご主人が?』

《ハイ》

 ヒゲを弱弱しく垂らし、猫は地面に視線を落とす。ユイカの悲しそうな顔を思い浮かべているのだろうか。猫の瞳は潤んでいた。

『ご主人が悲しいのは、嫌だ』

《悲シイトハナンデスカ?》

『それもわからないのか。お前はわからない事が多いな。悲しいっていうのは嫌な事だ。気分が悪くなる。ご主人が悲しむのは、餌がなかった時より嫌な気持ちになる』

 ユニアルはランプを点滅させた。

《デハ、アノ方ト仲良クスル事ヲオススメシマス》

『……わかってる』

 猫は上目でカンジを見やった。喉を少し鳴らし、ゆっくりと歩き出す。向かった先はカンジの足元だった。

 猫はカンジの元に来ると両前足を揃え、綺麗に座った。

「そばに寄って来たよ。もしかしてユニアルが猫に伝えたから来たのかな」

「たぶん、そうじゃないかしら」

「本当に通じるんだね。びっくりだよ」

 二人は笑い合っている。猫は自分の事を笑っているんじゃないかと心配になった。そしてこんなやつに媚びを売るのかと、内心では屈辱を受けていた。

 しかし、ユイカが悲しむ姿など見たくはない。猫はわずかに震える前足をゆっくりとカンジの足へと置いた。喉奥から絞り出した声で小さく鳴く。

 カンジは驚いた顔を見せた後、目をたわませて微笑んだ。

「君に触ってもいいのかな?」

 頭の上空を泳ぐカンジの右手に、猫は体を固くし身構えた。目は手から離さない。耳を少し垂れさせ、覚悟を決めたとばかりに頭をカンジの手の方へと伸ばす。 暖かい手の感触が猫の頭に触れた。


 カンジが感嘆の声をあげる。なんども優しく猫の頭を撫でた。

「見て。俺、触れてるよ」

「良かったね。前から触りたいって言ってたもんね」

 ユイカは優しい視線をカンジと猫に送る。その視線はまるで子供たちを見守る母のようだった。

 猫は歯がゆい気持ちを抱えながらも、その暖かく優しい手に喉を鳴らした。

『今日だけだからな』

 と鳴くが、カンジにもユイカにも伝わっていない事だろう。

「よし、みんな仲良くなった事だし、ご飯にしましょうか」

 ユイカは立ち上がり、カンジの為に作った手料理を机いっぱいに広げた。カンジは緩んだ顔で料理を見つめた。

 猫は意外にもカンジの撫で方が悪くなかったようで、腹を出してもっと撫でろとせがみはじめる。敵対する気持ちなど忘れてしまったようだ。ユニアルは部屋の中を縦横無尽に駆け回り、ゴミを吸い込み続けている。

 二人と一匹、一体は仲良くなった。

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