第43話 分の悪い賭け

 リューリとフレデリクは、転移の魔法で城内から王都上空へ移動した。

 飛行の呪文で浮揚しながら、二人は敵の空中城塞を肉眼で確認した。

 巨大な浮遊物は、空中に、どっしりと停止している。

 足元に目をやると、球体自動人形ゴーレムが着弾したと思われる、崩れた建物が其処此処そこここに見えた。

 現在のところ、一般市民に死者が出たという情報は入っていない様子だが、負傷者は少なからずいるだろう。

 そして、アデーレとウルリヒ、騎士団や魔法兵団、兵士たちは、まだ戦い続けている筈だ。

「呪文の効果時間は、持って十秒程度だ」

「分かっているよ。発動は、ぎりぎりまで待つということだね」

 リューリとフレデリクは互いに顔を見合わせると、呪文の詠唱を開始した。

 ――理論上は可能と言っても、この策は分の悪い賭けだ。だから、他人を巻き込む訳にはいかない……本当は、一人で来るのが当然だと思っていた。でも、誰かが傍にいてくれることが、こんなにも勇気を与えてくれるとは。

 もはやリューリの中には、一片の不安も存在しなかった。

 やがて、二人の周囲に小さな「魔素」の流れが生まれ、それは徐々に奔流となりつつあった。

 ミロシュを中継点として、市街地での戦闘に参加していなかった魔術師たちが、上空のリューリとフレデリクのもとへ「魔素」を集めているのだ。

「ふはは! どうした、子供など出してきて。同情を誘って命乞いでもしようというのかね!」

 空中城塞からは、揶揄やゆするように男の声が流れてくる。

 ほぼ間違いなく、相手はリューリの思惑に気付いていないと思われた。

「敵城塞の『魔素』集積反応増大! 次の攻撃の予測時間まで、残り三十秒……」

 ミロシュに渡された、首飾り型の通信用魔導具から聞こえる秒読みの声に、リューリとフレデリクの緊張が高まっていく。

「……十、九、八、七、六、五」

 リューリは、フレデリクに目配せした。

 同時に、集められていた「魔素」が組み上げられ、巨大な不可視の壁が構築される。高位の魔術師でなければ、感知できない光景だ。

 一瞬遅れて、空中城塞の前面が眩しく光った。

「……うわああああああああッ!」

 先刻まで、王都の者たちを散々あおっていた男の悲鳴が響く。

 破壊光線を発射した瞬間、彼は、リューリたちの構築した「不可視の壁」に気付いたのだろう。

 一方、リューリは激しい衝撃と共に、自身の身体が後方へ吹き飛ばされるのを感じた。

 ――完全に防ぐのは無理だったか……?!

 その時、彼女の手を、誰かの手が力強く掴んだ。

「リューリちゃん!」

 フレデリクが空中に踏みとどまりながら、リューリが飛んで行かないよう、彼女の身体を自身に引き寄せた。

「奴らは?! 城塞は、どうなった?!」

 フレデリクの服を掴んで体勢を立て直しながら、リューリは空中城塞のほうを見やった。

 彼女が目にしたのは、何度も爆発を起こしながら崩壊し、ばらばらの残骸になりつつ海に落下していく空中城塞だった。

「破壊光線は、我々が構築した『壁』に殆どが反射されて、真っすぐ城塞に返っていったよ。君の策が成功したんだ」

 そう言うと、フレデリクは大きく息をつき、服の袖で額を拭った。

「終わった……のか?」

 リューリは信じられない思いで、空中城塞が落下した海を見つめていた。

 ついさっきまで、死ぬかもしれない状況にあったというのに、今は、そのような心配は消え去っているという激しい変化に、感情がついていかなかった。

「……敵城塞の反応、消えました! 作戦成功です!」

「市街地の自動人形ゴーレムも、駆除完了したそうです!」

 通信用魔導具の首飾りからは、作戦成功の報と、歓声が聞こえてくる。

「やったな、リューリちゃん、フレデリク。君たちは英雄だよ」

 ミロシュが、通信越しに二人をたたえた。

「みんなが助けてくれたお陰だ」

 リューリは、赤くなって答えた。

「しかし、君の発案がなければ、どうなっていたか分からなかったと思うよ。私は、君に勇気を貰ったからこそ、一緒に行こうと思ったんだ」

 フレデリクが、リューリの肩に手を置いた。

「……では、帰るとするか」

 リューリたちが移動しようとした時、通信用魔導具から、魔法兵団員の慌てたような声が聞こえた。

「待ってください! 魔法探知網が王都周辺に複数の大きな反応を捉えました! 何者かが転移してきたようです!」

「何だって?」

 上空から地上を見下ろしたリューリたちは、王都の周囲に、転移魔法による発光現象が複数出現するのを確認した。

「あれは……近隣の国の兵士……魔術師もいるようだが」

 フレデリクが、やや不安げな表情で呟いた。

 彼の言う通り、複数の国々の兵士や魔術師たちが数十人ずつ、このハルモニエの王都モルゲンレーテへやって来ているのだ。

「転移してきた者たちから通信が入っています! 繋ぎます!」

 魔法兵団員の言葉の後、別の男の声が聞こえてくる。

「……こちらは、ムルタ王国の魔法兵団および騎士団その他の義勇軍である」

 その国の名に、リューリは聞き覚えがあった。ローザたちと共に旅をしている時に立ち寄った国の一つだ。

「貴国のギルベルト王子殿下よりの通信を受け、ただちに出撃できる人員を少ないながら集めて馳せ参じたのだが……敵は、どこだろうか?」

 他の者たちからの話も総合すると、ムルタ王国の義勇軍以外も同じ状況らしい。中には、冒険者たちも混じっているようだ。

「こちら、ハルモニエ王国のギルベルトです」

 国王テオドールの弟、ギルベルトの声が通信に割り込んだ。

「『エクシティウム』への対策の為に作った各国への魔導回線を使って、我が国の状況を知らせておいたんだ。うちが潰れれば、次は他国が攻撃に晒されるのは目に見えていたから……でも、せっかく来ていただいたところ申し訳ないけど、もう終わりました! ごめんなさい!」

「……余はハルモニエ王国国王、テオドールである」

 テオドールが、ギルベルトに代わって話し始めた。

「つい先程まで、王都は重大な危機に晒されていたが、国民たち、そして我が国への客人たちの奮闘により、敵を退けることができた」

 続いて、ローザの声が聞こえた。

「我々の危機に際し、援軍に駆けつけてくれた貴殿らには、大変感謝しております。ついては、後ほど貴殿らをもてなす席を用意させていただきましょう」

 国王と先代女王の言葉に、あちこちから歓声が上がった。

「まったく、何が起きるのかと思ったぞ」

 リューリは小さく息をついて、フレデリクと笑い合った。

「……茶番は終わりましたか?」

 不意に、リューリたちの背後から、柔らかな男の声が響いた。

 振り向くと、十歩ほど離れた空間に、ゆったりとしたローブをまとった、二十代後半に見える一人の男がたたずんでいるかの如く浮揚している。

 貝殻の裏側や真珠を思わせる不思議な光沢を持つ白く長い髪と、すみれ色の目をした、その男の美しい顔に、リューリは見覚えがあった。

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