第42話 閃光

 「遠見の魔法」により細部まで判別可能な大きさで表示されているのは、空中に浮かぶ小ぶりな城塞、としか言いようのないものだ。

 空中城塞は見る間に王都へと接近し、目測で四町約500m程の海上に、ゆっくりと停止した。

「あんな大きなものを飛行させていたのか……」

 思わず、リューリは呟いた。

 魔法で空を飛ぶ乗り物は人間たちの夢の一つであり、その研究開発を続けている者も少なくはない。しかし、現段階で城塞のような巨大な物体を飛行させる技術など、実際に目にしなければ、与太話もいいところだと言われるだろう。

「王都モルゲンレーテの諸君、先刻の『贈り物』は気に入っていただけたかね」

 空中城塞の中から、男の声が聞こえてきた。

「この距離で……?」

「魔法で音に指向性を持たせ、方向や大きさを調整している模様です」

 いぶかししむ国王テオドールに、ミロシュが答えた。

 リューリは、この男の声に聞き覚えがあった。

 ――あの時……私が誘拐され拘束されていた際に、扉の隙間から聞こえてきた男の声だ。ウルリヒが逃がしてしまったと悔しがっていたが……

「我が『エクシティウム』の崇高な目的……『魔法による世界の改革』を妨害した罪は万死に値する。従う者は受け入れるのが我々の主義だが、ハルモニエ王国だけは潰させてもらう」

 男の声に、通信用の魔導具を手にしたテオドールが口を開いた。

「余はハルモニエ国王テオドール。そなたは何者だ。『エクシティウム』の首領か?」

いな。貴様らごときを相手に、あの方の御手おてわずらわせるには及ばぬ」

 嘲笑あざわらうような男の言葉と同時に、魔法兵団本部から悲鳴に近い報告が上がった。

「敵城塞に膨大な魔素集積の反応……!」

 次の瞬間、窓の外に閃光が走り、リューリたちのいる城全体が激しい振動に襲われた。

「敵城塞より大規模な破壊光線の発射を確認!」

「今の攻撃により、魔法防御壁が損傷! 防御力は約五割低下、次に同じ攻撃を受ければ完全に消滅します!」

「報告はいいから、修復を急いで! 魔導炉の動力を全て防御壁に回せ!」

「それでは、反撃が不可能に……!」

「全滅したら反撃も何もないぞ!」

 ミロシュと魔法兵団本部の緊迫したやりとりが続いている。

「今の攻撃は、さっき降ってきた自動人形ゴーレムの破壊光線を強力にしたもののようだな」

 そう言って、リューリはフレデリクの顔を見上げた。

「そうだね……わざわざ認識阻害の魔法を解除しているところからすると、発射には膨大な量の『魔素』が必要なんだろうね。威力が高い分、連射はできないと見ているけど。先進国と言われるハルモニエでなければ、とっくに征圧されていると思うよ」

 恐怖にすすり泣くマリエルを抱きしめながら、フレデリクが血の気のない顔で答えた。

父様とうさま、こわいよ……みんな、死んじゃうの……?」

 しゃくりあげる娘に気休めすら言えず、彼は無言で、その背中をさすっている。 

「つまり、理論上は『魔法反射の呪文』で跳ね返せるということだ」

 リューリの言葉に、フレデリクは驚いた様子で彼女を見つめた。

「何を考えているんだ?」

「言った通りだ」

 二人が話している間にも、魔法兵団本部は魔法防御壁の修復を行っていた。

 しかし、防御壁で王都全域を覆うのに必要な「魔素」の集積には時間がかかるらしく、指示を出しているミロシュにも焦りの色が出てきている。

「次の攻撃で、その邪魔な防御壁が消えれば、王都は丸裸という訳だな!」

 空中城塞からは、男の声が煽るように響いている。

 フレデリクの予想通り、空中城塞の破壊光線は威力が高い分、やはり必要とされる「魔素」も膨大であり、それを集積する時間を稼いでいるのだろう。

「『魔素』の集積反応増大! 敵の次回攻撃の予測時間まで残り二十秒!」

「防御壁完全展開まで二十三秒!」

 魔法兵団本部からの報告は、もはや絶望的なものだった。

「くそおおおおッ!」

 拳を握りしめ、ミロシュが小さく叫んだ。

 直後に再び、窓の外に閃光が走った。

 その場にいる全員が、これで最後かと覚悟する。

 ――最初の時のような衝撃が来ない……?

 思わず身を縮めていたリューリは、ふと周囲を見回した。

 彼女の目に映ったのは、祈るように手を組み合わせ、目を閉じてたたずむローザの姿だった。

「防御壁の展開、完了しました!」

 魔法兵団からの報告と同時に、ローザは膝から崩れ落ちた。

「ローザ!」

 倒れそうになる彼女を、傍らにいたジークが抱きとめる。

「ローザリンデ様……『守りの壁』を使ったのか。昔のいくさでも、あのお力に幾度となく救われたものだが」

 バルトルトが、青ざめた顔で呟いた。

 それを聞いたリューリは、港町マーレにおいて魔術師エヴァルトがはなった爆炎の呪文から、自分たちを守ったローザの力を思い出した。

「王都全域に『守りの壁』を展開するなんて無茶すぎる……しかし、そうでなければ我々は全滅していた」

 言って、ミロシュが悔しそうに歯軋りしている。

「母上!」

 ジークの腕の中で目を閉じ、ぐったりとしているローザの元に、テオドールが駆け寄った。

「……国王陛下」

 ローザが薄らと目を開け、かすれた声で言った。

些事さじに気を取られてはなりません。あなたが今なさるべきは、私を介抱することではないでしょう」

「し、しかし……!」

 狼狽うろたえるテオドールを、ローザが叱咤する。

「国民を守れずして、何が王か! あなたの、なすべきことをなさい! まだ市街地では戦っている者たちがいる筈です」

「は、はい!」

 先代女王の言葉を受け、テオドールは通信機の前に戻ると、現状への対応について、あらゆる部署への指示を再開した。

「……格好をつけたことを言いましたが」

 ローザが、ジークにささやきかけた。

「『守りの壁』を展開しているとき……考えていたのは、あなたを守りたいということでした。私も、女王失格ですね」

 美しく微笑むローザを、泣きそうな顔をしたジークが、無言で抱きしめている。

 その様子を見ていたリューリは、自身も一つの覚悟を決めた。

「ミロシュさん、私が外に出て、次の攻撃を『魔法反射の呪文』で迎撃する。少し、力を貸してもらえないか」

 リューリが声をかけると、ミロシュは仰天した。

「いくら『魔法反射の呪文』といっても、あれだけ高出力の攻撃が相手では、反射しきれずに失敗する可能性が高いよ!」

「私一人では無理だろうな。だから、手の空いている魔術師の協力を得たい。向こうの次の攻撃までの間に、できる限り『魔素』を集めて成功率を上げるんだ」

 一度の呪文詠唱で個人が動かせる「魔素」の量は決まっているが、時間をかけて「魔素」を集めることで呪文を強化するのも、理論上では可能だと、リューリは知っていた。

「成功すれば、味方を守れる上に、相手には打撃を与えられるんだ。防御壁も、何度か攻撃されれば消滅するし、ローザにも、もう無理はさせられないだろう? 防戦一方では、いずれけるぞ」

「しかし……」

「では、奴らに反撃する有効的な手段はあるのか。射程距離、火力共に、あの空中城塞に打撃を与えられる性能の魔法や魔導具でもあるというのか?」

「残念だが、現状では無理だね……」

 リューリの提案に、ミロシュは少し躊躇ためらう様子を見せたものの、分かったと頷いた。

「私も行きます」

 そこへ、フレデリクが近付いてきた。

「二人で呪文を詠唱すれば、効果は倍ではなく二乗されます」

「待て、あなたにはマリエルちゃんが……」

 リューリの言葉を、フレデリクが遮った。

「君だって、一人じゃない。私も死ぬ気はない。成功率を上げる為に、一緒に行くと言っているんだよ」

 彼の強い意志を感じたリューリは、その手を握って答えた。

「分かった。頼りにさせてもらう」 

 リューリたちのやり取りを見ていたミロシュは、ふところから何か光るものを取り出し、二人に手渡した。

 それは、小さな光る石の付いた細身の首飾りだった。

「通信用魔導具の予備だよ。音声のみだが、こちらとの通信が可能になる」

 と、マリエルが不安そうに口を開いた。

父様とうさまとリューリちゃん、どこかに行くの?」

 リューリとフレデリクは、彼女を安心させるべく微笑んでみせた。

「すぐに戻るから大丈夫だよ」

「……皆さん、マリエルをお願いします」

 二人は言うと、転移の呪文を唱え、王都上空へ向かった。

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