第44話 首魁

「てっきり、潰し合い、相討ちになるかと思っていたんですけどねぇ。蓋を開けてみれば一方的な敗北でしたか。面白い見世物ではありましたが」

 白い髪の男は、小首をかしげて微笑んだ。多くの女性が魅了されてしまいそうな美しい笑顔――しかし、それは、どこか禍々まがまがしさを感じさせるものでもあった。

「君は、何者だ」

 フレデリクが、リューリを庇うようにして前へ出た。

「たった今、壊滅した『エクシティウム』の首領……だった者ですよ」

 男は、事もなげに言った。

「普段は『誰でもないネモ』と名乗っていますけどね。短いお付き合いになりますが、お見知り置きを」

 男――ネモの言葉を聞きながら、リューリは通信用魔導具でミロシュに連絡を取っていた。

「聞こえているか?」

「『遠見の魔法』でも状況は確認したよ。みんなにも伝えて、対策を協議中だ」

 ミロシュも、「エクシティウム」の首領を名乗るネモという男に対し、警戒している様子だ。

「引き続き、防御壁は解除せずにいてくれ。できるだけ情報を引き出すよう試みる」

「了解。でも、リューリちゃんたちも危ないと思ったら退いてくれよ」

 リューリたちのやり取りが聞こえていたのか、突然、ネモが、くすくすと笑いだした。

「そんなにコソコソしなくても、君たちが必要としそうな情報は差し上げますよ。なんなら、質問にも答えますけど?」

 そう言うネモの声に、脳内へ情報を無理やり捻じ込まれるような不快感が加わった。

「これは……念話?!」

 眉根を寄せながら、フレデリクが言った。

「そうです。これで、情報を共有できるから便利でしょう? 王都と、その周囲にいる者には聞こえると思いますよ」

 言って、ネモは、にっこりと笑った。この男もまた、高度な魔法の技術を持っていると思われた。

「一つ、質問がある」

 リューリは口を開いた。

「貴様の、その姿は何だ? それは、死んだ筈の『ヴィリヨ・ハハリ』の姿だ。魔法で姿を変えているのか? だとすれば、その意図は何だ?」

 目の前にいる、ネモと名乗る男の姿――それは、リューリの前世である魔術師「ヴィリヨ・ハハリ」そのものだった。

「ああ、これは『ヴィリヨ・ハハリ』本人ですよ……まぁ、肉体だけですが」

 まるで世間話でもするかのように答えるネモの前で、リューリの思考が一瞬停止する。

「私の部下が『ヴィリヨ・ハハリ』を勧誘に行ったところ、にべも無く断られたそうで。彼は、短気を起こした部下に刃物で刺されて瀕死状態だったのですが、勿体ないので肉体だけ拝借したのです。何せ、百年に一人いるかいないかの『魔素との高い親和性』を持った身体でしたから」

 ――こいつの言うことが本当だとすれば……私が死んだのは、肉体を奪われたのが理由だというのか?!

 あまりに想定外な情報を処理するのに、リューリは、しばしの時間を要した。

 そんな彼女を眺めていたネモは、おや、という顔をした。

「ほほう、君は『ヴィリヨ・ハハリ』の転生体ですか。記憶と技能を持ち越して転生したとは……外見も、遺伝情報を無視して前世の影響が強く出ている……これは興味深いですね。一体、どのような技術を使ったのですか?」

「……単なる偶然だ」

 リューリは、そう言うのが、やっとだった。

「君は、遥か昔から、他人の肉体を何世代も乗り継いで生きてきたと聞いている。多くの者を巻き込み利用して組織を作り上げた目的は、一体何なのだ? まして、それが壊滅したというのに『茶番』とは、聞き捨てならないぞ」

 フレデリクが、怒りをにじませながら、問いかける。

「君が、何をそんなに怒っているのか分かりませんがねぇ」

 そう言って、ネモが肩をすくめた。

「あの城塞には組織の主だった連中が残っていましたが、まるで狂信者のようで、正直言って鬱陶うっとうしくなっていたんです。だから、いい機会でしたよ。私は、自分の欲しいものを手に入れたし、用済みというやつです」

 ネモの、邪魔なゴミを捨てたとでもいうが如く軽い口調に、彼が自分の理解の範疇にない存在なのだと、リューリは感じた。

「私は遥か昔、同胞たちと共に、滅びゆく故郷からこの世界へ逃れてきたのです。ちなみに、君たちが、さも自分のもののような顏をして使っている魔法は、同胞たちが気紛れに人間たちへ伝えたものですよ」

 あざけるような表情で、ネモは滔々とうとうと語り続ける。

「我々は君たち人間に比べれば長寿な種族でしたが、それでも寿命が尽きる時が訪れました。櫛の歯が欠けるように同胞たちが死を迎えていく中、私は死にたくなかったので、死にゆく自分の肉体を捨て、手近な人間の肉体を貰ったのです」

「奪った、の間違いだろう! 私の時と同じように!」

 思わず叫んだリューリのことなど、ネモが意に介することはなかった。

「人間の身体は、すぐに寿命を迎えてしまうので、何度も乗り換えているうちに、面倒になってしまいましてね。いっそ、『死なない身体』を作ってしまおうと思ったのですよ」

「死なない身体……それが『かみうつわ』ということか」

 フレデリクが、低く呟いた。

「あはは! よくご存じで。一人で開発するのは骨ですから、人を集めて手伝ってもらうことにしたのです。金銭や物を与え、承認欲求を満たしてやり、大義名分を与えれば、人間というのは簡単に動いてくれますからね。簡単すぎて、組織が大きくなり過ぎたきらいもありますが、片付いたので、よしとしましょう」

 半ば、おどけるような調子で話すネモの姿に、リューリはひどく不快な気分に陥っていた。

 目の前にあるのは、たしかに前世の自分の身体ではあるが、その美しい顔に浮かんだ禍々まがまがしい表情は醜悪極まりなく、見るに堪えないものに思えた。

「『魔法による世界の変革』は、どうなったというのだ」

 通信機から、ハルモニエ国王テオドールの声が聞こえた。

「そんなもの、適当に考えた『お題目』に決まっているじゃないですか。集まった人間たちは勝手に解釈して、色々とやってくれましたよ。『正しいこと』だと思えば、どんなことでもやってのけますよね、人間というのは」

「結局、貴様は、自分が死にたくないという、それだけの為に、多くの人間を犠牲にしてきたのか」

 リューリは、唇を震わせて言った。

 ――私は、自分が正義感の強い人間だとは思っていない。正義などというものは、人それぞれに異なるものだと考えている。それでも……平気で他者を欺き踏みにじり、使い捨てる、この男だけは、存在を許すべきではない……!

「できるかできないかの違いがあるだけで、君たち人間も、大して変わらないと思いますがねぇ。まぁ、どうせ君たちは、これから私が面白おかしく生きるのを邪魔するのでしょう? だから、先手を打つことにしますよ」

 にやにやと笑いながら、ネモが、ぱちりと指を鳴らした。

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