第36話 秘密兵器

 強烈な光に一瞬くらんだ視界が戻り、リューリは「エクシティウム」の砦の地下から出現したものを、はっきりと視認した。

 それは、青白く光る金属の外殻に覆われた、全身鎧プレートアーマー姿の騎士を思わせる物体だった。

 頭部の「目」に当たる部分には横長のスリットが設けられており、その奥で、一つの赤い光が左右に動いている。

 これまでリューリが見たことのあるものに例えるならば、「魔素」を動力にして稼働する「自動人形ゴーレム」に相当すると思われた。

 通常、「自動人形ゴーレム」は、金属や粘土といった材質の違いはあれど、せいぜい人間と同程度の大きさだ。

 あまりに巨大であれば、稼働させる為の「魔素」が増加し、それを処理する回路が複雑かつ大型にならざるを得ない。

 それでも「自動人形ゴーレム」が実行できるのは主人が命令した単純作業程度で、開発する労力に見合わないのだ。

 しかし、彼女たちの目の前にたたずむそれは、平均的な体格をした成人男性の七、八倍の高さがあるように見えた。

 騎士や魔術師たちも、突如現れた巨大な「自動人形ゴーレム」を前に、唖然としている。

「フレデリク、あれは何だ?」

「すまない……私も、あんなものがあるとは把握していなかった。もしかしたら、『かみうつわ』の試作品かもしれない」

 リューリの質問に、フレデリクが青ざめた顔で答えた。

 ――「神の器」……肉の身体を持たぬ「神」に実体を与える為のものと言っていたな。だとすれば、「自動人形ゴーレム」とは根本的に異なる何かがあるのだろうか……

 思考の世界に入りかけていたリューリだったが、不意に響き渡った耳障りな男の濁声だみごえにより、現実に引き戻された。

「不埒者どもめ! よくも我らの拠点を荒らしてくれたな!」

 その声は、前方に立ちはだかる巨大な「自動人形ゴーレム」から発せられてるらしい。

 「自動人形ゴーレム」の顔面に設けられたスリットの奥で赤く光る「目」が、リューリたちを見据えているように思えた。

「起動するのに時間がかかったが、この試作型『神の器』で灰燼かいじんすがいい!」

 ぎょろぎょろと動いていた赤い「目」が、ふと一点を見つめるかの如く止まった。

 その瞬間、リューリは、この「神の器」と呼ばれるもの自体に、明確な「意思」が存在すると直感した。

 ――あれは「自動人形ゴーレム」などではない……?!

「そうか、貴様が情報を漏洩したのか……フレデリク、この裏切者が!」

 「神の器」から発せられた声に、フレデリクも、その「目」を見据えた。

「その声……オロフか。裏切者などと言われる筋合いは無い! 私は、貴様らに無理やり協力させられていただけだ! だが、それも、もう終わりだ……!」

 そう言って拳を震わせているフレデリクを、リューリは見上げた。

「オロフとは?」

「この拠点を管理していた魔術師の名だ」

「あの『神の器』とやらの中に、そいつがいるのか?」

「おそらくは」

 フレデリクが言った時、ミロシュが何かの呪文を唱えた。

 空中に生み出された巨大な火球が、凄まじい速度で「神の器」に激突する。

 一瞬で炎に包まれ、焼け落ちると思われた「神の器」だが、数秒後には何事もなかったかのようにたたずんでいた。

「まずいな。魔法耐性の高い素材だね、あの外殻は」

 飄々とした口調ではあるが、そう言うミロシュの表情は厳しいものになっている。

「我が『エクシティウム』の技術で作られた、この特殊装甲に、そんなチンケな魔法など効かんわ! くらえ!」

 魔導具特有の不思議な駆動音と共に、「神の器」が伸ばした右腕の先端から、白く輝く大口径の光線が発射された。

 光線は、既に展開されていた魔法の防御壁に命中して散った。しかし、その威力を完全には防ぎきれず、敵に近い場所にいた魔術師や騎士の幾人かが倒れた。

 幸い、倒れた者たちの負傷も軽度ではあったものの、頼みの防御壁が相手の攻撃を完全には防げないというのは由々しき事態と言えた。

「これじゃあ、ジリ貧だ……」

 誰かが呟く声に、味方陣営が不穏な空気に包まれかける。

「とりあえず、防御壁の補強をしましょう!」

 ウルリヒの𠮟咤の声で我に返った魔法兵団員たちが、呪文の詠唱を始めた。

 ――まだ味方が耐えられるうちに確かめなければ……!

 リューリは飛行呪文を詠唱し、空へと舞い上がった。

 そのまま速度を上げ、彼女は「神の器」に向かって突っ込んだ。

「リューリちゃん!」

 半ば悲鳴のように、アデーレが叫ぶ。

「何だ、この小蠅コバエがッ!」

 オロフの声と共に、再び「神の器」のてのひらから、光線が発射された。

 光線は、空中で素早く身をひるがえしたリューリの髪を数本消し飛ばした。

 リューリは、「神の器」に触れるか触れないかという距離まで接近し、翻弄するかのように細かく軌道を変えて飛び回った。

「くそ、鬱陶しい! あっちへ行け!」

 「神の器」は腕を振り回しているものの、素早く動き回るリューリに触れることすらできていない。

 中にいるであろうオロフは、苛立ちのあまり冷静さを失っている様子だ。

 ――思った通りだ。でかい分、こいつは小回りが利かないし、あの光線も連射は不可能らしい。何より、こうして貼りついていれば攻撃できまい。付け入る隙はある。

 そう彼女が思った時、突然「神の器」の身体が、ぐらりとかしいだ。

 リューリが地上に目を向けると、いつの間にか接近していたアデーレが、「神の器」の膝の裏、つまり装甲の継ぎ目に剣を突き立てている。

「鎧の弱点が継ぎ目であることは、我々にとって常識だ!」

「こ、このゴミ共があああッ!」

 苦悶の色が混じる声で、オロフが叫んだ。

 ――どういう仕組みかは分からんが、視覚だけでなく痛覚も中の人間に返っているのか?

 驚くリューリの眼下では、片膝をつき姿勢が低くなった「神の器」の右肘を、目にも止まらぬ速さで飛び込んできたバルトルトの剛剣が両断していた。

 もはや言葉にならぬ声を上げ、「神の器」の動きが鈍る。

 その機を逃さず、リューリは、最も大きな隙間――「神の器」の顔面に設けられているスリットに向かって、雷の呪文を唱えた。

 体内へ電撃を浴びせられた「神の器」は、糸の切れた操り人形の如く動きを止め、地響きを立てて倒れ伏した。

「やったのか?」

「『魔素』の動いている気配はない……止まったようだ」

 バルトルトとミロシュが、用心深く「神の器」に近付き、様子を確かめた。

「中に人が入っているなら、出してやった方が良くないか?」

 リューリが言うと、ミロシュが頷いた。

「そうだね。ここで解体作業は無理だから、ハルモニエまで持って帰ろう。私も、こいつの仕組みに興味があるからね」

 気付けば、砦からの攻撃もんでいる。

「フレデリクは、いるか?」

 ジークの声に、リューリは振り返った。

 彼は、その腕に一人の幼い少女を抱えていた。黄金色の長い髪に深い青色の目――間違いなく、フレデリクの娘であるマリエルだ。

 二人の姿に気付いたフレデリクが駆け寄ってきた。感情に足の運びがついていけないのか、彼は何度も脚をもつれさせ転びかけている。

「マリエル!」

父様とうさま!」

 血を吐くような声で叫んだ父を見て、マリエルも彼の名を呼んだ。

 ジークから受け取った娘を、フレデリクは抱きしめた。

「あのね、いい子にしてたら父様とうさまに会えるって言われたから、マリエルいい子にしてたよ。泣かないで我慢したよ」

 娘の言葉に何度も頷きながら、フレデリクは涙を流している。

「……父様とうさま、どこか痛いの?」

「大丈夫だよ。ただ、マリエルに会えて嬉しいんだよ。もう、どこにも行ったりしないよ……」

 フレデリクの言葉が引き金になったのか、マリエルがせきを切ったように、わあわあと泣き出した。突然、父と引き離されて孤独に過ごした日々は、たとえ物質的には不足がなくとも、幼い彼女にとって過酷なものだったのだろう。

 親子の再会をただ見つめていたリューリは、目の奥が熱くなり、いつしか両目から涙を流していた。

 ――二人が互いを大事に思っているのが痛いほど分かる……こういうの、嬉し泣きというのだろうか。昔は、他人がどのような気持ちかなんて、気にしたことなどなかったのだが……

「さて、これで終わりじゃあないぞ。後始末が色々と残っているからな」

 目を赤くしたジークが、にっこりと笑いながら言った。

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