第37話 解体

「――リューリちゃん」

 フレデリクとマリエル父娘おやこの再会に貰い泣きしていたリューリは、アデーレの声に振り向いた。

 いつもとは異なる、怒りを滲ませたアデーレの表情に、リューリは思わず身をすくませた。

「あんな、危険なことをして……肝を潰したぞ」

 そう言うと、アデーレは、しゃがみ込んでリューリを抱き寄せた。

「怪我をしたり死んだりしたら、どうするつもりだ!」

 息ができなくなりそうなほどに抱きしめられながら、リューリは、アデーレが泣いているのに気付いた。

「す、すまない……」

 ――敵の、ある程度の傾向を予想していたから、別に考えなしに突っ込んで行った訳ではないが……

 色々と論理的な説明をしたいとも思ったものの、肩を震わせて涙を流しているアデーレを見て、リューリは言葉を飲み込んだ。

「俺も、アデーレが飛び出していくから肝を冷やしたぞ」

 バルトルトが、燃えるような赤い髪をかき上げて言った。

「だ、だって、リューリちゃんが危ないと思って、夢中で……」

 父の言葉に、アデーレは決まりの悪そうな顔をした。

「それなら、俺の気持ちも分かるだろう? 気付いた時には、奴の肘をぶった切ってたからな」

 がははと豪快に笑うバルトルトを見て、やはり彼とアデーレは間違いなく親子なのだと、リューリは納得した。

「まったく、リューリちゃんもアデーレも、僕たちが防御壁を補強しているそばから飛び出していくから、どうしようかと思ったよ」

 いつの間にか近付いてきていたウルリヒが、目に涙を溜めて言った。

「何故、君が泣いているんだ?」

「心配だったからに決まってるだろ!」 

 首を傾げたアデーレだが、ウルリヒの語気に少し驚いた様子だった。

「……ごめん。でも、ウルリヒが、そんなに心配してくれて、少し嬉しいぞ」

 アデーレが微笑むと、ウルリヒは僅かに頬を染めた。

 ――何だろう、これは……じれったいという気持ちなんだろうか……

 二人の様子を目にして、リューリは何とも形容しがたい気分になった。


 拠点の管理者であるオロフが試作型「かみうつわ」もろとも敗れ、拠点そのものも「御庭番衆おにわばんしゅう」の破壊工作で使い物にならなくなった為、組織の上層部と思われる魔術師たちは逃亡したらしい。

 一方で、フレデリクのように何らかの事情があって組織に協力させられていたという者も多く、投降した彼らは情報の提供を条件に、ハルモニエ王国で保護された。

 ジークたちが、人質にされていたマリエルを迅速に救出できたのには、組織に反感を持っていた魔術師たちの協力を得られたという理由もあった。

 そのような中、回収され魔法兵団の研究室へ運ばれた試作型「かみうつわ」の解体が始まった。

 研究員たちが、「神の器」の背部に設けられた蓋らしき部分を慎重に取り除くと、内部の様々な装置が露わになる。単純作業をさせるのみの「自動人形ゴーレム」などとは全く異なる構造が、そこにはあった。

 その奥には、操縦者が入っていると思われる、筒状の容器のようなものが埋め込まれている。

 解体が進み、「神の器」本体から取り外された筒状の容器が床に置かれ、蓋がこじ開けられた。

 容器の中にいたのは、魔術師風の格好をした中年男だ。

「……間違いありません。彼は、あの『拠点』の管理者だったオロフという魔術師です」

 内部を確認したフレデリクが告げた。

「これは……既に亡くなっていますね」

 研究員の報告を聞いて、解体に立ち会っていたリューリは肩を落とした。

「中に人がいるらしいと聞いて、雷の呪文も人間を気絶させる程度に手加減したつもりだったが……これでは、情報も取れないな」

「あの状況では仕方ないよ」

 フレデリクが、リューリの肩に、そっと手を置いた。

「いや、これは感電死じゃないかもしれないね」

 容器の内部を調べていたミロシュが、横たわるオロフの亡骸なきがらを指し示しながら呟いた。

「この『操縦席』から伸びている紐状ひもじょうの部品、搭乗者の身体に何か所も食い込んでいるんだが、これらは生体部品のようだね」

「本体と搭乗者を繋いでいるということですか?」

 ウルリヒが、首を傾げた。

「もう少し調べる必要があるけど、私の予想では、これらの搭乗者の身体に食い込んでいる部分は、神経に接続させる為のものだと思う」

 ミロシュの言葉に、リューリは目を丸くした。

「それは……この本体を搭乗者の意思で直接動かすということか?」

「その通り。ただ、それに伴う感覚などの情報が強い負荷になって、この搭乗者が死亡した可能性があるね。それと、あの破壊光線ほどの威力を持つ魔導具を、この本体に収納しているのも凄いね……」

 そう言いながら、ミロシュは「神の器」の周りを、ぐるぐると歩き回っている。

「たしかに、『魔法による世界の改革』をうたっている組織ですから、普通では倫理的に許されないような実験や研究も多く行われています」

 フレデリクは言って、眉を曇らせた。

「それにしても、すごい技術ですね。上手く使えば、事故などで手足を失った者の義手や義足を、本物に近い状態で動かせるようになるのでは?」

 感心した様子で、ウルリヒが言った。

「しかし、使用者が死ぬほどの大きな負荷がかかるのでは……試作型と言っていたから、未完成で不具合が多かったのかもしれないが」

 リューリは、目の前の「神の器」に、どこか違和感を覚えていた。

 ――最終目的は「肉の身体を持たない神」に与える為の「うつわ」である筈。それなのに、人の搭乗が前提になっているのは、どういうことなんだ? それとも、まだ、その段階……「神」を降ろすには至っていないということなのか?

 

 リューリたちが落とした「エクシティウム」の拠点には、詳細な情報を得る為の調査隊が派遣された。

 同時に、ジークは御庭番衆おにわばんしゅうと共に、国内に潜んでいるかもしれない「エクシティウム」の構成員を炙り出す為の捜査を行った。

 また、ローザはハルモニエの現国王にして息子であるテオドールと共に、「エクシティウム」の存在と、その危険性を知らせるべく、大陸にある各国の統治者たちへ密書を送った。

 彼らの働きで、各地に潜んでいた「エクシティウム」の構成員や隠されていた拠点の存在が明らかにされ、多数の逮捕者や投獄者が出ることとなり、もはや組織は瓦解した状態だった。

 組織に拉致され、人体実験に使われたり、強制的に労働させられたりしていた市民たちも解放され、多くは家族の元へ帰された。

 短期間で大きな成果を上げられたのは、ハルモニエ王国、その中でも先代女王ローザリンデへの、各国からのあつい信頼があった為と言えるだろう。

 「エクシティウム」の本拠地の在処ありかと、首領の行方は、未だ不明のままだったものの、それらが突き止められるのも時間の問題であると思われた。

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