第34話 土産話

「リューリちゃん、そろそろ起きましょうか」

 いつのまにか心地良い眠りの中にいたリューリは、ローザの声で目が覚めた。

「お、おはよう」

 目を擦りながら起き上がったリューリの前には、ローザとアデーレの姿がある。

 寝ぼけまなこで周囲を見回し、彼女は、自分が現在いる場所がハルモニエの王宮であることを思い出した。

「ここしばらくの間は、リューリちゃんと一緒に寝ていたから、昨夜ゆうべは少し寂しかったよ」

「そうだな、ベッドが広く感じたな」

 そう言って笑い合うリューリとアデーレを、ローザが、にこにこしながら眺めている。

 侍女たちに身支度を整えてもらってから、リューリはローザたちと共に食堂へ向かった。

 食堂では、既にジークとウルリヒ、それにフレデリクがテーブルに着いていた。

「フレデリク、あまり顔色が良くないようだが」

 リューリが声をかけると、フレデリクは決まり悪そうに言った。

「……疲れてはいるんだけど、神経がたかぶっているのか、昨夜ゆうべはあまり眠れなくてね」

 やがて、テーブルの上には料理長が腕によりをかけたという朝食が並ぶ。

 泡立てた鶏卵をバターでふんわりと焼いた玉子料理に、リューリは夢中になった。

「これは旨いな。完全に火が通っているかいないかという絶妙な焼き加減で、バターの香りもいいし、かかっているソースも絶品だ」

「料理長の得意料理さ。これを食べると、帰ってきたという気持ちになるよ」

 リューリの様子を見て、ジークが相好を崩した。

 ふとリューリは、正面に座っているフレデリクが目頭を押さえているのに気付いた。

「大丈夫か?」

「いや……リューリちゃんが、美味しそうに玉子料理を食べているのを見ていたら、娘を思い出してしまって。あの子も、玉子料理が好きで、私が作って少し焦げたものも文句を言わずに食べてくれて……」

 フレデリクは、そう言うと言葉を詰まらせた。

「お嬢さんは、捕らえられている先で、ひどい扱いを受けたりはしていないのでしょうか」

 ローザが、心配そうに言った。

「それは心配ないと思います……ほんの時々、短時間だけ娘と面会を許されていたのですが、健康状態も問題なさそうだし、本や玩具も与えられているとかで……しかし、常に監視が付いているので、これまで連れ出すことはできませんでした」

 答えながら、ため息をつくフレデリクに、ジークが声をかけた。

「俺も、子を持つ親だから、君の気持ちは想像できる。娘さんを助ける為にも、まず君が元気でいないとな」

「はい、ありがとうございます……」

 頷いたフレデリクが朝食に手を付け始めたのを見て、リューリも、何とはなしに安心した。


 その日の午後、現ハルモニエ国王テオドール、つまりジークとローザの息子との面会の時間が取られると伝えられた。

 指定の時刻が近付き、リューリたちは、侍従の案内で面会の場へと向かった。

 案内されたのは、玉座のある謁見の間ではなく、広い応接間のような部屋だ。

 侍従に勧められ、各々おのおの長椅子ソファに腰掛ける。

 ――ローザとジークの息子だし、そこまで厳格な人物ではないと思いたいが、曲がりなりにも相手が「国王」だと、やはり緊張するな……

 あまり良い記憶のなかったプリミス王国の宮廷を思い出しながら、リューリは国王が現れるのを待った。

 少し経って、部屋の扉が叩かれた。

 ローザが、どうぞと返事をすると、侍従が開けた扉の向こうから、数人の男が部屋に入ってきた。侍従長の他は知らない顏である。

「テオドール国王陛下の御成りです」

 侍従長の声に、リューリたちは立ち上がった。

「父上、母上、お久しぶりです」

 上質な生地であつらえたと分かるコートをまとった、三十代前半に見える偉丈夫――テオドールが、ローザとジークに向かって親しげに声をかけた。

 栗色の髪と琥珀色の目は父であるジークと同じだが、その面差しは母のローザに似て穏和な印象だ。

「初めての者もいるね。私が、ハルモニエの現国王、テオドールだ。ああ、そんなに緊張しないでらくにしてくれ」

 緊張して立っているリューリたちを見て、テオドールは言うと、自らも長椅子ソファに座った。どうやら、両親に似て気さくな人柄のようだ。

「おや、これまた可愛らしいお嬢さんがいるな」

 ふと彼はリューリに目を留め、驚いたように言った。

「この子はリューリちゃん。こう見えても、凄腕の魔術師なのですよ」

 ローザとジークが、旅の間に起きたことや判明したことを、代わる代わる説明し始めた。

 二人が話している間、リューリは、テオドールと共に来た男たちを観察していた。

 いかにも戦士といった風体の、筋骨隆々な五十絡みの男は、強面こわもてだが、どこかアデーレに似た顔立ちと燃えるような赤毛から、彼女の身内と思われた。

 もう一人は、灰色の長い髪を首の後ろで緩く束ね、魔術師風のローブをまとった年齢不詳の男だ。見る度に、若くも歳を取っているようにも見える、不思議な印象がある。

「あの人たちは?」

 リューリは、隣に座っているアデーレにささやいた。

「赤毛のほうは、私の父、バルトルトだ。元は騎士団長だったが、今は引退している。あちらの魔術師のかたは、元魔法兵団長のミロシュ様で、ウルリヒの師匠でもある人だ」

「なるほど、久々に娘と弟子に会いに来たのか」

「たぶん、それだけではないと思う」

 そう言うアデーレが少し緊張した様子を見せているのに、リューリは普段と違うものを感じた。

「……それで、フレデリク殿は『エクシティウム』から離反し、我々に協力するということか」

 頷きながらローザたちの話を聞いていたテオドールが、フレデリクに目をやった。

「その男、本当に信用できるのか。ローザリンデ様に取り入るフリをした間諜の可能性はないのか?」

 アデーレの父だという赤毛の男、バルトルトが、鋭い目でフレデリクを見た。

「待ってくれ」

 リューリは、思わず反論した。

「間諜として潜り込むなら、もっとうまいやり方があった筈だ。私はフレデリクと戦って……論理的な説明は難しいが、彼が、そういう人間ではないと感じている」

「リューリちゃん……」

 フレデリクが、驚いた様子でリューリを見た。

「リューリちゃんの言う通りだな。こんな不器用な男に間諜など務まらないだろう」

「ふむ……ジークが言うなら、そうなのだろうな」

 ジークの言葉に、バルトルトが、なるほどと頷いた。頑固そうなバルトルトが、あっさりと引き下がったのを見て、彼らの間には強い信頼関係があるのだろうと、リューリは思った。

「それにしても、リューリちゃんといったか、自分が生きている間に『生まれ変わり』の事例を目にする機会があるとは思わなかったよ」

 元魔法兵団長のミロシュが口を開いた。

「魔法の技能には、持って生まれた『魔素との親和性』の高さも関係するが、生前と同じように魔法を使えているのであれば、現在の身体も『魔素との親和性』が相当に高いと言えるんじゃないのかね」

 ミロシュに言われて、リューリは、はっとした。

 彼の言葉通り、魔法の技能と「魔素との親和性」には密接な関係がある。

 「魔素との親和性」とは、その個人が生まれついて持つ素質で、言い換えるなら、一度に動かすことのできる魔素の量の多寡たかである。

 全く同じ呪文を詠唱した場合、「魔素との親和性」が高いほど、魔法の効果も高くなるのだ。

「たしかに、前世から魔法の知識と技能を持ち越していても、『魔素との親和性』が低かったら宝の持ち腐れになるところだったな……」

 もし「魔素との親和性」の低い身体だったなら、生家から逃げ出すことができたかも分からない――そう考えたリューリは、自らの強運に小さく息をついた。

「生みの親には全く似ていないと言っていたが、ということは、外見の特徴は魂の影響を受けているということなのかな? 実に興味深い」

「師匠、珍しい事例であることは分かりますが、落ち着いてください」

 リューリに近付いて、彼女をめつすがめつ眺め回すミロシュを、ウルリヒがなだめた。

 その様子に、リューリも、変わり者と言われていた自分の師匠を思い出して、ふふと笑った。

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