第32話 尻尾を掴む

 リューリたち一行は、事後処理を冒険者たちに任せ、フレデリクから事情を聞く為に、倉庫街にある空き倉庫の一つへ移動することにした。

「彼らだけで大丈夫でしょうか」

 やや心配そうなウルリヒに、ジークが答えた。

「念の為、『御庭番衆おにわばんしゅう』の一人を残しておいた。関係当局に深く追及された際、不都合なことは誤魔化してくれるだろう。情報操作は、我々の得意分野だからな」

「そういえば……」

 道すがら、リューリは、フレデリクに声をかけた。

「フレデリクも、名のある魔法兵団や研究所に所属していたりするのか? ただの在野の魔術師とは思えない腕だが」

「若い頃は、母国の魔法兵団にいたこともあるよ。でも、しょうに合わなくて退職してからは、時々、魔法学校で講師をしたり、あとは自宅で研究を続けていた。それにしても、リューリちゃんと話していると、まるで大人を相手にしているようだ」

 言って、フレデリクは不思議そうに首を傾げた。

 倉庫に着いた一行は、放置されていたからの木箱などを椅子代わりに、各々おのおの腰掛けた。

 座っている一同を、ぐるりと見回してから、ジークが口を開いた。

「フレデリクといったな。聞きたいことは山ほどあるが……まず、『エクシティウム』という言葉に聞き覚えはないか?」

 フレデリクは、一瞬、肩をぴくりと震わせた。

「『エクシティウム』というのは、私が関わっている組織の名です。私も、彼らに引き込まれてから日が浅いので、全容は把握できていませんが……」

 彼は、青ざめた顔で答えた。 

「組織の目的は、私が聞いたところによれば、『魔法による世界の改革』というものでした。しかし、彼らのやっていることは……魔法技術の開発というのもありますが、組織の活動資金を得る為に、依存性の高い危険な薬を流通させたり、その他にも非合法的……というか、もはや犯罪行為がおもになっています。金目当ての者や、あのエヴァルトのように、単に力をふるう場が欲しいという者も多いでしょうね」

 リューリは、ずっと疑問に思っていたことを口に出した。

「彼らは、多くの人を拉致しているようだが、それは、何の為なんだ? 『禁忌』とされる魔法の中には、生きた人間を犠牲にするものもあるが、その材料ということか?」

「それは……今から言うことは、気分が悪くなるようなことだと思うし、同時に荒唐無稽と思われそうなことでもあるのだけど……」

 少し口籠くちごもってから、フレデリクは語り始めた。

「『エクシティウム』の最終目的は、『神の器』を作って、そこに『神』を降臨させることだそうです。さすがに、組織の中でも、口には出さなくとも内心では半信半疑な者が少なくないと思います」

「『神の器』?」

 リューリのみならず、一同は首を傾げた。

「肉の身体を持たない『神』を召喚し、『エクシティウム』が用意した『神の器』を与えて実体化させる……という話ですが、その『神の器』の材料として、生きた人間を集めているのです」

「では、これまでにさらわれた人たちは、どうなってしまったのでしょうか?」

 ローザが、厳しい表情で問いかけた。

「拉致した人たちは、『エクシティウム』の幾つかある拠点のいずれかに運ばれますが……その後に、どうなっているのか、具体的なことは私にも分かりません。しかし、おそらくは、皆さんのご想像の通りかと」

 フレデリクは、苦しそうに答えた。

「私は、直接、人を手にかけたことはありませんが……今回、皆さんが見たように、拉致した人々を『保存』したり、開発した麻薬を裏社会に流したりと、自分の技術を提供することで、組織の悪事の片棒を担いでしまいました……」

 そう言って俯く彼は、自らが犯した罪に押し潰されそうになっているかのように見えた。

「私は……フレデリクが、そんなことを望んで行う人ではないと思っている。娘が、と言っていたが、もしかして、人質にでも取られているのか?」

 リューリの言葉を聞いたフレデリクは、はっとしたように顔を上げた。

「奴らは……娘を人質に取って、私に組織への協力を強要しました。妻は娘を生んで間もなく亡くなってしまい、私には、娘の存在だけが甲斐がいでした……たとえ自分が手を汚すことになろうとも、娘だけは守らなければならないと覚悟はしていましたが……それでも、リューリちゃんの姿を見たら、気持ちが揺らいでしまって……」

 そう言うと、彼は何か思い出した様子でふところを探り、リューリにも見覚えのある財布を取り出した。

 フレデリクは、財布の中から一枚の紙片を取り出して、リューリたちの前に差し出した。

 それは、特殊な素材に魔法で人物の姿を写し取った「魔法絵」と呼ばれるものだった。

 「魔法絵」にうつし出されているのは、フレデリクと同じく黄金色の髪と深い青色の目をした、六、七歳に見える愛らしい少女だ。

「……娘の、マリエルです」

 彼の表情が、少し柔らかくなった。

「この子、リューリちゃんに雰囲気が似ているな」

 しげしげと「魔法絵」を見つめながら、アデーレが呟いた。

「やはり、そう思いますよね。他人の空似ではあるのでしょうが、リューリちゃんを前にすると、自分の悪事を娘に見られているようで、心苦しく思っていました」

「だから、私を見る時は、いつも、悲しそうな目をしていたのだな」

 フレデリクの言葉に、リューリは頷いた。

「……私自身は、どんな裁きを受けても仕方がないと思っています。しかし、娘には何の罪もない……」

 一旦、言葉を詰まらせたフレデリクは、意を決したように、再度口を開いた。

「こんなことを言える筋合いがないのは重々承知していますが……どうか、娘を助け出すのに力をお貸しください……! 私一人では到底無理でも、あなたたちほどの力があれば、或いは……!」

 言って、彼は深々と頭を下げた。

「……お嬢さんの居場所は、分かっているのでしょうか?」

 黙って話を聞いていたローザが言った。

「む、娘は『エクシティウム』の拠点の一つに閉じ込められています。もっとも、本人は、私の仕事が忙しいから知り合いに預けられている、と思っているのですが……」

「なるほど。砦一つを攻めるくらいの準備は必要だな」

 フレデリクの言葉を聞いて、ジークが考える素振りを見せた。

「フレデリクの娘さんを、助けに行くのか?」

 リューリは、ローザとジークの顔を交互に見やった。

「元々、私たちは、各地の異変の裏でうごめいている『エクシティウム』の存在を暴くことを目指していましたからね」

 ローザが、静かに頷いた。

「あくまで、目的は『奴ら』の拠点を潰すことで、彼の娘さんを助けるのは『ついで』というやつだな」

「まぁ、建前は必要ですよね」

 ジークの言葉を受けて、ウルリヒが、くすりと笑った。

「罪もない子供を人質にして、父親に犯罪の片棒を担がせるなどという卑劣な者たちは、成敗しなければなりません」

 アデーレが、力強く言った。

「み、皆さん……私などの為に……」

 肩を震わせながら、フレデリクが涙を流している。

「その代わり、あなたには……」

 ローザの言葉に、フレデリクの表情が一気に緊張した。

「『エクシティウム』について知っていることを、全て話してもらいます。また、今後あなたの技術は、人々の為になることにのみ役立てることを命じます」

「……承知いたしました。この命尽きるまで、人々に尽くしたく思います。それで、私の罪が消えるとも思いませんが……」

 フレデリクは、深く頷いた。

「早速質問なんだが」

 リューリは口を開いた。

「『エクシティウム』の親玉は、どんな奴なんだ? 相当な力を持っているのだろうとは思うが」

「私も、首領には会ったこともなく、関わって日が浅いのもあってか、彼の居場所であろう本拠地も知らされていません。ただ、聞くところによれば、首領は太古の昔から、何度も身体を乗り換えながら生き続けている大魔術師と言われています」

「身体を乗り換えて、ということは、本人は魂だけの状態で、生きている人間の身体を奪うということですか? 一種の不老不死ですね。自分が、そうなりたいとは思いませんけど」

 ウルリヒが、驚きを隠せない様子で言った。

「そうですね。別の人間に生まれ変わるのではなく、あくまで他人の身体に乗り移るという形らしいです。歴史上、他にも試した者はいるようですが、首領以外の成功例は、ほとんど聞いたことがありませんね」

 フレデリクは、難しい顔で答えた。

「それでは、これまでに首領の犠牲になってきた人が何人もいるということか。他人の死を踏み台にして得る不老不死など、私から見れば邪道だな」

 言いながら、リューリは、何故か胸の内に不快なざわつきを覚えていた。

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