第22話 急襲

 翌日の朝、リューリは、ジークとローザ、アデーレそしてウルリヒと共に、「御庭番衆おにわばんしゅう」が突き止めた「山猫組」の根城へと向かった。

「夜討ち朝駆けという言葉があるが、リューリちゃんを夜更かしさせるのは良くないからな」

「私は朝が弱いんだがなぁ」

 リューリはジークと軽口を叩きながら歩いている。

 自分の腕にも自信はあるが、ジークたちが一緒ということもあって、彼女は何ら不安など抱いていなかった。 

 街の中でも、見るからに治安の良くなさそうな区域の奥に、「山猫組」の根城はあった。無計画に建て増ししたらしいいびつな建物が鎮座する隣には、比較的新しく見える「工房」と思しきものもある。

 周囲には見張りらしき者の姿はない。

 ――まるで、天敵のいない動物のようだな。自分の存在を脅かす者がいるなどと想像すらしていないのだろう。

 不用心とすら思える「根城」を目にしたリューリは、何とはなしに思った。 

「反社会的集団の中には、特定の根城を持たず、社会に密かに潜伏している者たちも多いんだが、『山猫組』は分かりやすくて助かるな。では、行こうか」

 ジークは言うと、「根城」の出入り口の扉に手をかけた。

 施錠すらされていなかったらしく、扉はあっけなくひらいた。

 ジークを先頭にリューリたちが建物の中へ足を踏み入れると、予期せぬ闖入者ちんにゅうしゃに驚いた構成員たちが、ぞろぞろと姿を現した。

「な、何だ、てめぇらは?!」

「お前らに用はない」

 リューリとウルリヒが呪文を唱えると、二人の視界に入っていた「山猫組」の構成員たちは、次々と昏倒した。

「あら、凄いわね!」

 床に累々と転がる男たちを見下ろしながら、ローザが感嘆した。

「対象を一時的に昏倒させる呪文です」

「少なくとも半日は動けない筈だから、焦らなくても大丈夫だぞ」

 そう答えると、リューリとウルリヒは顔を見合わせて笑った。

「これでは、俺やアデーレの出番がないかもしれんな」

「ローザ様は、血を見るのがお好きではないし、そのほうがいいのではありませんか」

 拍子抜けした様子のジークを、アデーレがなだめている。

 「御庭番衆おにわばんしゅう」が得た情報を元に、リューリたちは「根城」の中を突き進んでいった。

 不意の襲撃に、何の備えもしていなかったであろう「山猫組」の構成員たちは成すすべもなく、魔法で昏倒させられるか、剣の鞘で殴られて気絶させられるかのいずれかにより行動不能に陥っていく。

「くそッ、親分に知らせねぇと!」

 一人、逃れた構成員が階段を駆け上がっていくのを、リューリたちは追いかけた。

 きしむ廊下の先にある、周囲に比べると贅沢な造りの扉を開け、構成員が部屋に飛び込んだ。

「親分ッ! カチコミだ……」

 言いかけた構成員の後頭部を、ジークが剣の鞘で殴って気絶させた。

「案内ご苦労さん」

 広い部屋の壁は金色に塗られており、床には頭の付いた虎の毛皮や、毛足の長い高価そうな絨毯が敷かれている。

 ――何もかも金ピカか……目が痛くなりそうだ。

 あらゆる調度品が金色をしている室内を見回し、リューリは小さく溜め息をついた。

 部屋の中央に目をやると、やはり金色に塗られ、何かの書類が積まれたテーブルの傍に、二人の男が立っている。

「な、何だ、貴様ら……子分たちは何をしてるんだ……?!」

 紫色の生地に金色の縁取りを施したガウンをまとう、人相の悪い中年男が、リューリたちを見て目を剥いた。おそらく、彼が「親分」だろう。

 しかし、リューリたちの目を奪ったのは、傍らに立っている、深い青色の外套を羽織った、黄金色の髪の男だった。

 ――フレデリク?

 優しげで、見るからに「良い父親」という風情の彼が、このような場所にいるのは、あまりに似つかわしくない――リューリは一瞬動揺した。

 驚いたのは、フレデリクも同じらしい。

「リューリちゃん……?」

 ぽつりと呟いた彼の表情は、どこか苦しそうだった。

「残念ですが、子分の皆さんは邪魔なので寝てもらっています。私たちの目的は、貴方あなたたちが、市長や警察と癒着している証拠です」

 ローザが毅然とした口調で言った。

「ふッ……ふざけるな! 言われたからといって、そんなモン、はいそうですかと出す訳ないだろう! 貴様ら、頭大丈夫か?!」

 「親分」が叫んだ時、爆発音と同時に建物が激しく振動した。

「おお、隣の『工房』も破壊されたようだな。俺の部下は仕事が早くて助かる」

 ジークの言葉を聞いた「親分」は、慌てて窓に駆け寄ると何とも表現しがたい声を漏らし、膝から崩れ落ちた。

 窓の外には、隣の工房から上がっているのであろう黒煙が見える。

「た、大枚はたいて仕入れた精製装置がァァァァ! まだ全然モトなんて取れてないのにッ!」

 「親分」は叫びながら振り向いて、フレデリクに目をやった。

「先生、あんた凄腕の魔術師なんだろ! こ、こいつらを何とかしてくれ!」

「それは無理です」

 フレデリクが肩を竦めた。

「私が請け負ったのは、『薬』の処方箋レシピと製造法の伝授、精製装置の設置であって、貴方あなたの護衛は契約外です」

「そんな……人の心ってものがねぇのかよ!」

 わめいている「親分」をよそに、フレデリクがリューリを悲しげな目で見た。 

「君には、見られたくなかったよ」

「どうして……」

 リューリが口を開こうとした時、フレデリクはふところから何か光るものを取り出し、宙に投げ上げた。

 そこから閃光が放たれたかと思うと、次の瞬間、既に彼の姿は消えていた。

「転移の魔導具か……!」

 誰もいなくなった空間を見つめ、ウルリヒが呟いた。

「……あのフレデリクも、こいつらの悪事に一枚嚙んでいたということか。とても、犯罪に縁があるようには見えなかったが」

 リューリは肩を落とした。

「人は見かけによらないということだな。リューリちゃん、気にするな。珍しいことでもない」

 アデーレが、そう言いながらリューリの頭を撫でた。

 すっかり気力を失った様子の「親分」を拘束し、公的機関との癒着の証拠を幾つも発見したことで目的は達成されたものの、リューリの胸には、何か、すっきりしないものが残った。

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