第23話 愛と善悪

 「山猫組」の頭目である「親分」は、もともと高利貸しをしていて、そこから貯め込んだ金銭により破落戸ごろつきたちを従わせていたらしい。

 手下たちが行動不能に陥った今、本人自体は戦う力も持ち合わせておらず、もはやリューリたちにとって脅威になる存在ではなかった。

「くそ……何故こんなことに……」

 何もかも金色をした悪趣味な部屋の中、手足を拘束された「親分」は、抵抗する気力も失ったのか、床に座り込んで項垂うなだれたまま、口の中で何かぶつぶつと呟いている。

 市長や警察上層部との癒着が明るみに出れば、彼らは当然司法の裁きを受けることになり、同時に、賄賂と引き換えに受けてきた庇護が消える。「山猫組」にとって、それは組織の崩壊をも意味するのだ。

「聞きたいことがある」

 リューリは、「親分」に問いかけた。

「あの、フレデリクという人は何者だ?」

「俺も、気になっていた。知っていることを全て話せ」

 ジークの言葉に気圧されたのか、「親分」は、渋々口を開いた。

「あの人は……ある日突然、ここに現れたんだ。『うまい商売がある』と言われて……最初は半信半疑だったが、あの人の言葉は不思議と信じられるような気がしてな」

「『うまい商売』とは、薬物の製造と販売のことか?」

「嬢ちゃん、難しい言葉を知っているんだな。……ああ、そうだ。『飲めば気持ちよくなって疲れを忘れる薬』……麻薬の一種だ。使い道は、いくらでもあるからな」

 「親分」によれば、「山猫組」の縄張りでも、以前から似たような薬を流通させていたが、フレデリクの持ち込んだものは、見たことのない処方で、従来品より遥かに効果も依存性も高かったという。

 その薬を常用するようになった者は抜け出すことができず、「客」は延々と金を払い続けるだろうという話だった。

「余所で製造されたものを仕入れるよりは、自家製造したほうが安上がりだと、フレデリクさんは『薬』の処方箋レシピと製造法、そして作業が簡易になる魔導具の『精製装置』を買い取るよう勧めてきた。かなり高額の先行投資だが、『薬』を売れば、元手なんてすぐに取り返せるってな。販路も広げようと思っていた矢先だったんだ……」

 「親分」は、言い終えると深い溜め息をついた。

「ふむ……どうも、個人で行っているような事業とは思えんな」

 ジークは首を傾げてから、「親分」に問いかけた。

「あんた、『エクシティウム』という言葉に聞き覚えはないか?」

 その言葉を聞いた「親分」は、はっとしたように目を見開いた。

「そ、そういえば、フレデリクさんが『エクシティウムの技術が』とか言ってたような気がする……いや、はっきり聞こえた訳じゃねぇが、今思えば、そんな感じだったというか」

「それって……『エクシティウム』は、何かの団体や組織の名前ということか?」

 リューリが呟くと、ジークが頷いた。

「その可能性は高いな。『フロスの街』のにせ領主も住民から金を巻き上げていたが、私的に流用した形跡がなかったということだし、所属する組織の活動資金を集めていたと考えられるだろう。フレデリクが奴と同じ組織の者だとすれば、その目的も同じじゃあないのか」

「……すまない、私は、今、混乱しているようだ」

 言って、俯いたリューリの顔を、ジークたちが心配そうに覗き込んだ。

「フレデリクは、娘を最も大切に思っていると言っていた。あの言葉は本心だと思う。しかし、そんな愛情深い人間が、悪事を働くことがあるのだろうか」

 リューリにとって、「愛」とは「い」ものであり、清らかなものだった。少なくとも、現在、行動を共にしている一行から受けるそれは、けがれのないものだと感じていた。その「愛」と「犯罪」が並び立つものでもあるということを、彼女は飲み込めずにいた。

「人間というのは、なかなかに複雑なものなのですよ。愛情ゆえに、『悪いこと』をする時もあるのです。彼が、そうであるかは分かりませんが……」

 ローザが、リューリの頭を優しく撫でながら言った。

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