第21話 情報交換

 人目につかなそうな路地裏の一角で、リューリたちは、別行動をしていたアデーレそしてウルリヒと落ち合った。

「さすがはジーク様、私も、その場に居合わせたかったです!」

 リューリたちから「山猫組」の者たちとの顛末てんまつを聞いたアデーレが、開口一番に言った。

「尋問しているところも、格好よかったですよ。若い頃を思い出してしまいました」

 ローザが、少女のように頬を染めて相槌を打つ。

「街中で乱闘とは、隠密をむねとする『御庭番おにわばん』とは思えませんね……」

 対照的に、ウルリヒは少々あきれ顏だ。

「逃げるより倒してしまったほうが手っ取り早いと思ったものでな……顔を覚えられているだろうから、見付かれば襲ってくるとは予想していたし」

 そう言って、ジークは首を竦めてみせた。

「ところで、アデーレとウルリヒは、どこへ行っていたんだ?」

 リューリは、別行動をしていた二人に尋ねた。

「街の役場で、この街への移住を希望する者のフリをしながら、色々と話を聞いてきたんだ」

 アデーレが言うと、ウルリヒが顔を赤らめた。

「新婚さんですか、なんて聞かれて、参ったよ。男女二人の組み合わせだから、そう思われたんだろうけど」

 アデーレたちによれば、街を治める市長や警察の上層部などが「山猫組」から賄賂を受け取る代わり、彼らに便宜を図っているのは、もはや公然の秘密といった状態らしかった。

「もちろん、役人たちの全てが、その状態を良しとしている訳ではありません。しかし、余計なことを言えば、排除されるのは自分だし、家族のある人は尚更なおさら動けないでしょうね。よくある話ですよ。賄賂の恩恵にあずかれない者たちの不満は大きいらしく、思いの外、簡単に情報を得ることができましたけどね」

 ウルリヒが、そう言って肩を竦めた。

「ただ、中央の目には神経を尖らせているようです。ちょうど、外遊していた大統領が二日ほど後に帰国するとのことで、その際この街に休憩がてら滞在する為、準備が大変だと聞きました」

 アデーレとウルリヒの報告に、ローザとジークが頷いた。

「それなら、わざわざ中央に書状を送るなどといった、回りくどいことをしなくて済みますね」

「『山猫組』と市長たちの不正の証拠を持って、大統領に会えば済む訳だな」

 それが、いとも簡単なことであるかの如く言う彼らに、リューリは尋ねた。

「肝心の『不正の証拠』は、どうやって用意するんだ?」

「それはだね……」

 ジークが口を開きかけた時、どこからともなく鳥のさえずりのような声が聞こえてきた。

 こんな街中で?――と、リューリは首を傾げた。

「丁度、情報が来たようだな。出てきていいぞ」

 ジークの声と共に、見覚えのある黒ずくめの男が、空中からふわりと湧き出るかのように現れた。鳥のさえずりのような声は、彼らの間の合図らしい。

 覆面で顔まで隠した黒ずくめの男は、ジークとローザに向かってひざまずくと、小さく折りたたんだ紙片を差し出した。

「かの者たちの根城ねじろの位置は判明しました。こちらが、大まかな見取り図です。『薬』の工房も隣接しています」

「ご苦労だった。仕事が早くて助かるよ」

 報告した男をねぎらうジークに、リューリは問いかけた。

「この人も『御庭番衆おにわばんしゅう』なのか? だが、前に見た人と声が違うな?」

「ああ、気付いていないと思うが、俺の周囲には、常に一人以上の『御庭番衆おにわばんしゅう』が付かず離れずのところで待機しているんだ。必要な時は、こうして情報収集に動いてもらうという訳さ」

「なるほど、同じ格好の人が何人もいるということか」

 ジークの説明に、リューリは、ふむふむと頷いた。

「実は、以前訪れていた『フロスの街』で、私は、リューリ様が、お一人で宿に残られている間の護衛を任されていたのです。まさか、リューリ様が魔術師とは思わず、部屋が、もぬけのからになっているのに気付いた時は、自分の不手際を死んで詫びるしかないと思いましたよ……」

 黒ずくめの男が、ひざまずいたまま、ぼそぼそと言った。

「そ、それは悪かった……」

 やや恨み言の入っているかのような彼の言葉に、リューリは冷や汗をかいた。

「あれは、俺も予測できなかったからな。だが、不手際を死んで詫びるくらいなら、死ぬまで働いてくれたほうが嬉しいぞ」

 言って、ジークが、にやりと笑った。

「相変わらず、ひどいお方です……では、『山猫組』の根城ねじろに向かう際は、お呼びください」

 黒ずくめの男は、半ば苦笑しながら言い残すと、再び空中へ溶けるように姿を消した。

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