第20話 大立ち回り

「俺に任せろ。君たちは、ここを動かないでいてくれ」

 破落戸ごろつきたちに囲まれて身構えるリューリに、ジークが落ち着いた様子で囁いた。

 ローザは夫を信頼しているのであろう、平然とたたずんでいる。

「とっ捕まえて、女の居場所を吐かせてやる! ガキとババァは売り飛ばす!」

 そう言うと同時に、破落戸ごろつきたちが一斉に襲いかかってきた。

 しかし、敵の拳はことごとく空を切る。

 リューリやローザを狙った者も、全てジークによって弾かれた。

「俺の奥さんをババァ呼ばわりした奴は許さん」

 ジークの拳を受けた破落戸ごろつきの一人が派手に吹き飛び、頭から道端のゴミ入れへ突っ込んだ。

 ――そうか、下手に私たちが動き回ると、却ってジークの邪魔になってしまうんだな。

 リューリは、ジークの無駄のない身のこなしに半ば見とれていた。

「こ、このオヤジ、只者じゃねぇ……」

「だから言っただろう、俺一人じゃ歯が立たなかったって!」

 破落戸ごろつきたちは、ジークが達人と見て取ったのか、各々おのおのふところから刃物を取り出した。

「諦めの悪い連中だな。だが、いい口実ができた」

 言うが早いか、攻勢に転じたジークの身体が疾風の如く動いた。

 先刻とは打って変った、リューリの目では捉えられない技の数々で、ジークは破落戸ごろつきたちに攻撃するいとまを与えず、瞬く間に叩き伏せる。

「相変わらず、凄いな。やはり、私の目では何が起きていたのかすら捉えられなかった。しかも、素手で……」

 叩きのめされ、地面に転がってうめ破落戸ごろつきたちを見下ろしながら、リューリは言った。

「なに、訓練も受けていない破落戸ごろつき相手に、剣を抜くほどのこともないさ」

 息一つ切らせてすらいないジークは、倒れている破落戸ごろつきの一人の傍にかがみ込むと、その髪を掴んで上を向かせた。

「お前たち、高利貸しと結託して人身売買……おまけに『高いお薬』まで作っているそうじゃあないか。取り締まりが恐ろしくはないのか?」

 まるで尋問を行っているかのようなジークの姿は、普段の優しく茶目っ気のある様子からは、かけ離れたもののように、リューリには感じられた。

 彼の言葉を聞いた破落戸ごろつきの身体が、びくりと震える。

「な、何だ……脅してるつもりか? お、俺たちの後ろには『山猫組』がいるんだ……役人だって、俺たちには何もできないんだ……こんなことして……タダで済むと思うなよ……」

 殴られたところが痛むのか、破落戸ごろつきは苦しそうに息をしながら、ぽつぽつと言った。

「おや、呆気なく喋ってくれるものだな。口を開かなければ拷問しようと思っていたんだが」

 冗談とも本気ともつかない口調でジークが言うと、破落戸ごろつきの顏から血の気が引いた。

「という訳で、用事は済んだよ。じゃあ、行こうか」

 立ち上がったジークに促され、リューリはローザと共に、その場を離れるべく歩き出した。

 そこへ、一連の状況を遠巻きに見ていた野次馬たちの中から、一人の中年男が小走りに近付いてきた。

「あんたたち、こっちへ来るんだ」

 中年男が、狭い路地の入口を指差しながら手招きしている。

 ジークはローザと一瞬顔を見合わせると、素早くリューリを抱き上げて、中年男に近付いた。

 路地の奥まった場所に来ると、中年男が怯えた顔で口を開いた。

「あんたたち、この街の者じゃないだろ? すぐに街を出ないと命が危ないよ」

「それは、彼らが『山猫組』に関わりのある者だから……でしょうか?」

 ローザが問うと、中年男は驚きに目を見開いた。

「分かっていたなら、何故逃げなかったんだ……しかも、小さな子供連れで」

 男は少し呆れた様子で、リューリに目をやった。

「心配してくれたのか。ありがとう」

 リューリは言うと、男に微笑んでみせた。

 彼が、純粋な善意で忠告してくれたことを、リューリも理解していた。

「街の者たちは、『山猫組』の連中を、どう思っているのかな」

 ジークが、中年男に問いかけた。

「良く思っている訳ないだろう。表面上は平和に見えても、奴らの都合で何が起きるか分からないから、住民たちは、みんなビクビクしてるよ。強引に金を貸してきたくせに、とんでもない利息を要求してきたり、店の売り物を黙って持っていったり、物を壊したり……警察も役人も役に立たないし」

 憤りと諦めのぜになった表情で、男は吐き捨てるように言った。

「ああいった組織の中には、縄張りの中の一般市民を守るというものもありますが、少なくとも『山猫組』は、そうではなさそうですね。遠慮なく成敗できるでしょう」

 ローザが、男の言葉に頷いた。

「忠告かたじけない。あなたも、我々と一緒にいないほうがいいだろう。では、失礼する」

 ジークの言葉と共に、リューリたちは中年男と別れた。

「やはり、早めにイレーネを街から出したのは正解だったな」

 アデーレとウルリヒたちとの待ち合わせ場所へ向かって歩きながら、ジークが言った。

「私が起きた時には既にいなくなっていたが、昨日ジークたちが助けたイレーネという女性は旅立ったのか?」

 リューリは首を傾げた。

「ええ、『御庭番衆おにわばんしゅう』を一人、護衛に付けて、早朝にってもらったの。リューリちゃんは、よく眠っていたから起こさなかったのだけど……」

「そうなのか……子供の身体は、疲れやすいのと、長く睡眠を取らなければいけないのが難点だな」

 ローザの言葉に、リューリは苦笑いした。

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