第19話 再会

「こうしてリューリちゃんと歩いていると、祖父母と孫に見えるかもしれないな」

 リューリと手を繋いで歩きながら、ジークが相好を崩した。

「結婚した息子もいるけれど、まだ孫は生まれていませんからね……」

 リューリの、もう片方の手を握っているローザも微笑んだ。

「見た目には、無害な家族連れというところか」

 言って、リューリは頷いた。

 三人は、情報収集の名目で街を歩いていた。

 アデーレとウルリヒは、街を裏から仕切るという「山猫組」について調べる為、別行動をとっている。

「アデーレは、ジークの弟子なのだろう? 彼女も『御庭番衆おにわばんしゅう』なのか?」

 ふと浮かんだ疑問を、リューリは口に出した。

「いや、アデーレは騎士だ。あの子の家は、代々騎士の家柄でね。本人は『御庭番衆おにわばんしゅうになりたい』と言っていたが、性格的に向かないと思って騎士になる道を勧めたんだよ。武術の素質は高いんだけどねぇ」

「たしかに、彼女は真っすぐすぎて諜報員向きではないな」

 ジークの言葉に、リューリは小さく笑った。

「ウルリヒも、国に仕えていたりするのか? 魔法について私と対等に話ができるのを見れば、只者ではないことは分かるが」

「ウルリヒは、魔法兵団に所属しているわ。リューリちゃんの言う通り、いずれは魔法兵団を背負って立つだろうと言われている優秀な子よ。そうだ、ハルモニエに帰ったら、リューリちゃんにも個人用の研究室を作ってあげましょうね」

 事もなげに言うローザに、リューリは目を丸くした。

「それは嬉しいが……ちょっと豪勢すぎやしないか?」

「うふふ、リューリちゃんには、それが一番喜んでもらえそうだと思って」

 孫を猫可愛がりする祖父母とは、こういう感じなのだろうか――にこにこしているローザとジークを前にして、リューリは思った。

 昨夜までの祭りが終了し、日常に戻った街は、ごく穏やかに見える。

 と、リューリは、前方から見覚えのある人物が歩いてくるのに気付いた。

 られた財布をアデーレが取り返してやった、フレデリクという男だ。

 フレデリクも、リューリの姿に気付くと、優しい微笑みを浮かべて言った。

「やぁ、こんにちは。今日は、お爺ちゃんとお婆……ちゃんと一緒かい」

「……まぁ、そうだ」

 殊更ことさらに詳しく説明する必要もなかろうと、リューリは曖昧あいまいに答えた。

「この方は?」

「フレデリクさんだ。昨日、この人が財布をられたのを、アデーレが取り返したんだ」

 尋ねるローザに、リューリは答えた。

「どうも、お連れの方にお世話になりまして……ああ、まだ、君の名を聞いていなかったね。よければ、教えてくれるかな」

 そう言うと、フレデリクはかがんでリューリの顔を見た。

「……リューリだ。フレデリクさんには、子供がいるのか?」

「ええ……まぁ」

 リューリの質問に、フレデリクは少し狼狽ろうばいした――それは、どちらかと言えば図星を指されたかの如き反応だった。

「アデーレが、フレデリクさんには子供がいて、私を見ると、その子を思い出すのではないかと言っていたんだ」

「……分かってしまうものだね。今は、私の仕事の都合で離れて暮らしているけれど、小さい娘が一人いるんだ。リューリちゃんを見たら、娘を思い出してしまって……不安にさせたなら、申し訳なかったね」 

 そう言って、フレデリクは眉尻を下げた。

「そうか。フレデリクさんは娘さんを大事にしているんだな」

 リューリは、生家の両親を思い出した。彼らはリューリに対しては他人以上に冷たく当たったが、このフレデリクは、きっと娘を可愛がっているのだろうと、僅かだが羨ましさに似たものを覚えた。

「そうだね。私にとって、娘は最も大切な存在だからね」

 それでは、と、フレデリクはリューリたちから離れ、歩き出した。

 去り際の彼の表情は、何故か少しだけ寂しげだった。

「ふむ……あの男は、我々と同じく、この街の者ではなさそうだな。言葉のなまりや服装などで分かる」

 フレデリクの背中を見送りながら、ジークが呟いた。

「娘さんを思い出すと言ってましたし、私には、いかがわしいものは感じられませんでしたけど」

 ローザが、首を傾げてジークを見た。

「ずいぶん、リューリちゃんを気にかけていた様子だったから、少し気になってな。だが、ローザの言う通り、よこしまな感じはしなかった……まぁ、只の子供好きなんだろう」

 ジークは肩を竦めて言った。

「あら、リューリちゃん、どうしたの? 何か、心配なことでもあるの?」

 急にローザから声をかけられ、リューリは、びくりと肩を震わせた。

「いや……どうして、そう思う?」

「リューリちゃん、暗い顔をしていたから……」

「そうだな……前世の記憶が戻ってからは吹っ切れたつもりだったのに、生みの両親に可愛がられなかったことを、まだ引きずっているのに気付いてな。ちょっと自分が情けないというか」

 リューリは、自嘲するように言った。

「何を言ってる。リューリちゃんは、まだ五歳の子供でもあるんだから、無理もないだろう」

「そうですよ。無理せず、辛い時は辛いと言っていいのですよ」

 ジークとローザが、そう言ってリューリの頭を撫でた。

「……ありがとう。いや、今は、みんなに良くしてもらっているし、辛くなんかないさ」

 リューリは、二人の顔を見上げて微笑んだ。  

 その時、複数の人間が走り寄る足音が響いた。

「見つけたぞ、こいつらだ!」

 気付けば、見るからに柄の悪そうな数人の破落戸ごろつきが、リューリたちを囲んでいる。

 丁度、壁を背にしていたリューリたちには、逃げ場がなかった。

「うちの店の女をどこへやった?! 一人いなくなったら大損害なんだぞ!」

 破落戸ごろつきの一人がすごんだ。

 どうやら、昨日イレーネを追ってきたという「店」の関係者らしい。

「さあな。お前らに教える義理はない。だが、そっちから来てくれて手間が省けたよ」

 ジークが、リューリとローザを背後に庇うようにして答えた。

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