第16話 幕間

 リューリたちは「フロスの街」を発つことになった。

 ジークたちが追っている「本命」の関係者と思われる魔術師は「呪詛じゅそ」の炎によって消し炭になってしまった為、これ以上、街に留まる理由もなくなったのだ。

 また、領主の屋敷で働いていた者たちは、ここ一年ほど、つまり領主が偽物と入れ替わって以後の記憶が曖昧になっており、詳しいことは分からずじまいになりそうだと、調査隊の指揮官から伝えられた。

 宿屋のプリシラ一家は、街の出口までリューリたちを見送りに来た。

 プリシラの隣には、役人のカルロの姿もある。

「まさか王族の方々だったとは、知らなかったとはいえ、色々と失礼なことがあったと存じますが、どうかご容赦を」

 宿の主人であるプリシラの父が、恐縮しながら言った。

「いえいえ、私もジークも現役引退して隠居の身ですし、どうか、お気になさらず。それに、あなた方の宿のもてなしには、大変満足させていただきましたよ」

 ローザの鷹揚な笑顔に、プリシラたちは少し安心した様子を見せた。

「自分も、大変失礼な物言いをして、申し訳ありませんでした……」

 カルロも、そう言って深々と頭を下げた。初めて会った際のことを言っているらしい。

「あの場で打ち首にされても文句は言えませんでした……それなのに、傷まで治していただいて、何とお礼申し上げればと……」

「俺だって、同じ立場だったら、あれくらい言ったさ。好きな女は守ってやりたいものだからな」

 そう言ってジークが片目をつぶってみせると、カルロとプリシラは顏を赤らめた。

「そういえば、偽の領主はいなくなったから、新しい領主が来るのだろう? そいつが、まともに仕事をしてくれれば、街も元に戻るんじゃないか?」

 アデーレに抱っこされたリューリに言われ、宿の主人は一瞬驚いた顔をしたものの、しっかりと頷いた。

「そうですね……この街は、長い時をかけて、お客さんの心を掴んできた訳ですが、駄目になるのは、あっと言う間でした。でも、我々は、また時間をかけて、お客さんを取り戻すことができればと思っていますよ」

「私も、いつか再び、この街を訪れたいと思っています。国元くにもとへも、この街の素晴らしい景色と、あなたたちの温かなもてなしを宣伝しておきましょう」

「国元だけと言わず、俺の部下たちに言って、あちこちで情報を拡散しておくか」

 ローザとジークが、そう言って笑った。

 プリシラたちに見送られながら、リューリ一行は呼び寄せておいた乗合馬車に乗り込んだ。


 馬車は、しばらく進むと広い街道へ出た。

「しかし、領主と入れ替わっていた、あの魔術師は精神操作系の術が得意だったようだ。使用人や護衛たちの証言が得られなかったのは残念だったな」

 リューリは、口を開いた。

「その分、戦闘に関する術は、それほど得意ではなさそうだったね」

 ウルリヒが、相槌を打った。

「魔術師と言っても、得手不得手があるということか」

 言って、アデーレが首を傾げた。

「私は殆どの術を発動させることが可能だが、『癒しの術』だけは発動できないな」

「だから、初めて会った時も、殴られた跡が、そのままだったのですね」

 リューリの言葉に、ローザが頷いた。

「僕は、攻撃系の中でも、雷や爆発系の呪文が得意かな。これも、生まれつきの相性があるらしいんですけど。ところで、リューリちゃん……で、いいのかな」

「ああ。今の私は『リューリ』だ」

「リューリちゃんの呪文、詠唱時間が短く感じたんだけど、何か秘密があるのかな?」

 ウルリヒが、真剣な顔でリューリに問いかけた。

「気付いたか。魔法の呪文というのが、魔法言語と言われる古い言葉でできていることは分かるだろう? 古くから伝えられている呪文には、その中の幾つかの言葉を省略しても同じ効果を表すものがあるんだ。つまり、無駄な言葉を省いた分、詠唱時間も短くなるという訳だな。もっとも、魔法言語の文法は複雑だから、きちんと解析してからでなければ危険だぞ」

「待って、それって、凄い発見では? 論文をまとめて発表すれば、魔法界隈が大騒ぎになるよ? 呪文は昔から伝わる通りに詠唱する、という常識がくつがえるんだから!」

「論文か……他人が読んで分かるように文章をまとめるのは面倒だからなぁ」

 やや興奮気味のウルリヒに気圧されながら、リューリは溜め息をついた。

 リューリとウルリヒの魔法談義が続くのを、ジークとローザ、そしてアデーレは、微笑みながら眺めている。

「ウルリヒが、そんな楽しそうにしているところ、久々に見たぞ」

 アデーレが言って、ふふと笑った。

「そう? ……魔法の話が普通に通じる人というのも、なかなかいないからね」

「門外漢から見れば、魔法は恐ろしいものにも見えるからな……」

 ウルリヒが、アデーレの言葉に少し寂しげな表情を見せたのに、リューリは気付いた。

「魔法は、単なる『力』に過ぎない。刃物だって、食材などを切るだけなら便利な道具だが、人を傷つけるのに使えば凶器になる。それと同じだ。魔法も人の生活を豊かにする為のものとして使えば、恐ろしいことなどない――まぁ、これは私の師匠の受け売りだが」

 リューリが言うと、アデーレは感心した様子を見せた。

「こうして話していると、やはり、リューリちゃんは大人という感じがするな……」

「実際、中身は大人だからな……ところで、次の行き先は、やはり、何か問題が起きている場所なのか?」

 言って、リューリはジークとローザの顔を見上げた。

「そうだね。各地にはなった『御庭番衆おにわばんしゅう』が、情報を集めているところさ」

 ジークが、真剣な顔で頷いた。

「『奴ら』を追えば、前世の私が殺された理由も分かるかもしれないからな」

 リューリは、新たに生まれた「目的」を胸に、車窓を流れる景色を見つめた。

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