第15話 吐露

 ムルタ王国の調査隊は領主ペドロの屋敷を捜索している。

 彼らによれば、領主に化けていた魔術師が溜め込んでいた筈の金が見付からないという。

 住民たちから多額の税を徴収していたのは確かだが、私的に使いこんだ形跡は見られないらしい。

 その間、リューリたちは屋敷の部屋を一つ使わせてもらって、情報の擦り合わせをすることにした。

 客間と思われる部屋のテーブルを囲んだ彼らは、どこから話を始めるべきかと互いに模索している。

「……別に、騙すつもりはなかった」

 ぽつりと呟いたリューリを、ジークたちが見つめた。

「ただ、話しても信じてもらえないと思ったし、正直に言えば、子供として扱われているほうが都合が良かったのもある」

「それで、リューリちゃんが言っていなかったことというのは、何なのかしら?」

 ローザが穏やかな表情で問いかける。

「……私は、一度死んで、今の姿に生まれ変わったんだ」

 リューリは、かつて自身がプリミス王国の魔術師ヴィリヨ・ハハリという男だったこと、そして、何者かに殺害された後、別の両親のもとに女の子として生まれたことを語った。

「生まれ変わっても、前世の記憶と知識を持ち越している、ということですか。『魔法封じの呪文』などは、大変高度な術で、とても幼児が使いこなせるものではない……彼女の話は、信憑性しんぴょうせいが高いと思います」

 ウルリヒが、しきりに頷きながら言った。

「しかし、ヴィリヨ・ハハリと言えば、我々われわれ魔術師界隈でも優秀な術者として有名な人物でした。若くして宮廷魔術師にまで昇りつめながら、短期間で職を辞し、隠遁生活に入ったと噂には聞いていましたが」

「どうも私は、宮廷の連中の腹の探り合いだの政争だのに付いていけなくてな。一人で研究をしているほうが気楽だし、楽しかった」

 リューリは、過去に宮廷で右往左往していた時のことを思い出し、溜め息をついた。

「たしかに、リューリちゃんは大人のような物言いが多いと思ってはいたが、五歳の女の子の中に、成人男性の記憶と知識がある、という状態なのか?」

 アデーレが首を捻った。

「そういう解釈でも間違いではないとは思う。というより、自分でも、成人である私が子供の中にいるのか、子供の中にヴィリヨ・ハハリという人間の記憶が存在しているのかが、判然としないのだ」

「まぁ、君はリューリちゃんでもあり、ヴィリヨという男でもあるという受け止め方でいいのかな」

 リューリの言葉にジークは頷くと、彼女の頭を撫でた。

「みんなは、怒らないのか? 私は、本当のことを言っていなかったのに……」

 一同の顔を見回して、リューリは言った。

「そうですね。驚きはしましたが、自分が同じ立場になったとしたら、やはり、何と説明するか悩むと思います。私はリューリちゃんをとがめるつもりなどありませんし、それは、皆も同じでしょう」

 ローザが言うと、ジークとアデーレ、そしてウルリヒも頷いた。

「しかし、何者かに殺害されて死を迎えたというのは、穏やかじゃあないな」

 ジークが、首を傾げて言った。

「殺された衝撃で、その時の記憶が飛んでしまったらしい。宮廷魔術師時代にでも恨みを買っていたのかもしれないが、自分では殺される程の心当たりはない」

 リューリは、肩をすくめた。

「ところで、ジークたちの話も聞きたいのだが。ただの旅行者ではないと思ってはいたが、まさかハルモニエの王族だったとはな」

「正確には、王族はローザだけさ。俺も彼女の配偶者として、ベルンシュタイン公爵ジークムント王配などと呼ばれることもあるが」

 くすりと笑って、ジークが言った。

「それと、ハルモニエは女王が治めているものとばかり思っていたが、先代ということは、私が知らない間に代替わりしたのか? そもそも、ハルモニエの女王は、六十歳近い筈だが、ローザは四十代くらいにしか見えないじゃないか」

 リューリは、つい最近まで外のことなど知らない子供だった為、社会情勢の知識については空白の期間があるのだ。

「あら、私はジークと変わらない歳だから、六十歳近い、お婆ちゃんですよ」

 そう言って、ふふと笑うローザは若々しく、やはり五十歳を過ぎているようには見えないと、リューリは思った。

「三年ほど前、息子に王位を譲って、私は引退したのです。だって、沢山働いたもの。ね、ジーク」

 ローザはジークと顔を見合わせ、微笑んだ。  

「俺は、元々ハルモニエでは『御庭番おにわばん』と呼ばれる存在……主に庭師のふりをして諜報や王族などの護衛をする役職に就いていたんだ。そこでローザと出会って、まぁ色々あって、今は夫婦という訳だ」

 ――なるほど、部下と言っていた黒ずくめの男も「御庭番」の一人だったのか。

 ジークの言葉を聞いたリューリは、合点がいったとばかりに、ふむふむと頷いた。

「『色々』を省略しないでください。昔、王女だったローザ様と駆け落ちして、あちこちで冒険していたんですよね、ジーク様」

 アデーレが目を輝かせて言うと、ジークは照れ臭そうに頭を掻いた。

「私は大勢いる姉妹の末っ子でしたから、いなくなっても問題ないと思ったのですが、ハルモニエ王家の者に時折現れる『癒しの力』が発現してしまった為に、王位を継ぐことになったのですよ……」

 ローザも昔を懐かしんでいるのか、遠くを見るような目をしている。

「引退してからは楽隠居しようと思ったのだけど、そうもいかない事情ができて、私たちは旅に出ることにしたのです」

 ふと真顔になったローザを見て、リューリは少し緊張した。

「ここ数年の間、国を問わず、奇妙な事件が起きているんだ。リューリちゃんも被害に遭った、あの誘拐事件や、この街の領主と入れ替わった他人が悪事を働いていたような……一つ一つは大きな事件ではないかもしれないが、それらに何らかの繋がりを感じさせるものがある。我々は、そいつを探っているんだ」

 ジークもまた真顔で言った。

「みんなが、『奴ら』とか『本命』とか呼んでいた者のことか」

「そうだな。『奴ら』の多くは魔術を用いて様々なことを行うが、何か起きても捕まるのは使い捨ての駒にされた者や、金で雇われた裏社会の者ばかりで、肝心の『本命』は簡単に尻尾を掴ませてくれない……しかし」

 一旦言葉を切ったジークの顔を、思わずリューリは見つめた。

「『エクシティウム』……以前、俺の捕らえた魔術師の一人が、あの『呪詛じゅそ』の炎で燃え尽きる寸前に口にした、手掛かりになると思われる、たった一つの言葉だ」

 「エクシティウム」――破壊を意味する、その言葉を聞いたリューリは、頭の中が一瞬ひび割れるような感覚を覚えた。

「リューリちゃん、もしかして、この言葉に聞き覚えがあるのかい?」

 リューリの反応を見たジークが、彼女の顔を覗き込んだ。

「聞き覚えというか、何か引っかかる感じがある」

 ――「エクシティウム」……前世の私の死にも関係するのか……? 何の確証もないというのに、胸の中が、ざわついて仕方ない……

 少しの間、考えていたリューリは、再び口を開いた。

「みんなは、これからも『奴ら』のことを調べる為に、旅を続けるのだろう? 私も引き続き同行して、みんなに協力したい。子供の姿の私が一緒なら、相手の油断を誘うこともできるだろうし」

「そんな……まだ子供のあなたに、そこまでさせる訳にはいきません。リューリちゃんと離れがたくて、ずるずると引き延ばしてしまっていましたが、そろそろ本国へ戻って、あなたをしかるべき人に預けようと思っていたのですよ」

 ローザが、眉を曇らせた。

「さっきも話した通り、私は子供ではない。それに、腕のいい魔術師は欲しくないのか?」

「たしかに、魔術師ヴィリヨ・ハハリが一緒だと考えるなら、心強いですね。僕も、魔法についての話を聞きたいし」

 リューリの言葉に、ウルリヒが目を見開いて言った。

「それに……」

 少し逡巡しゅんじゅんしてから、リューリは言った。

「わ、私は……みんなと離れると考えたら、とても寂しい気持ちになった。あれほど、一人のほうが気楽で好きだと思っていたのに、今は、みんなのそばにいるのが心地いいんだ」

 と、黙ってリューリを見つめていたアデーレの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「リューリちゃんが、そんな風に思ってくれていたなんて……もしかしたら、私が、しつこく構い過ぎて嫌がられていたんじゃないかって……」

「私は、アデーレと初めて会った時、優しくされて嬉しかったよ」

 リューリは、そう言って微笑んだ。誤魔化しでも取り繕いでもない、心からの微笑みだ。

 言葉もなく、ただ何度も頷くアデーレの肩に、ウルリヒが、そっと手を置いた。

「それじゃあ、リューリちゃんは、引き続き俺たちに同行するということでいいんじゃないかな、ローザ」

 ジークの言葉に、ローザは少し驚いた様子を見せた。

「私も、そうしたいのは山々やまやまですが……」

「何だかんだ言っても、一番安全なのは、俺たちのそばだと思うぞ」

 言って、ジークが片目をつぶってみせると、ローザも緊張が解けたかのような笑みを浮かべた。

「そうですね。私が、あなたに付いてきている理由の一つも、それですからね。……では、リューリちゃん、改めて、我々への同行を要請します」

「元女王陛下からの要請とは、恐れ入るな。御意でございます……こんな感じで、いいのか?」

 リューリが答えると、ローザは、くすりと笑った。

「もちろん、普段は今まで通りでいいのよ」

「私も、今まで通り、リューリちゃんを可愛がるぞ」

 アデーレが、力強く言った。

「まぁ、お手柔らかに頼む」

 リューリの言葉に、一同から笑い声があがった。

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