第14話 隠滅

 想定外過ぎたであろう事態に言葉を失っているジークたち一行と、何から話すべきか思案するリューリは、数秒の間、見つめ合っていた。

 そこに、玄関ホールに続く扉の一つから、全身黒ずくめの格好をした男が現れた。

 覆面で顔まで隠している、その姿に、リューリは見覚えがあった。

 以前、ジークが路地裏で話していた相手だ。

 よく見ると、黒ずくめの男は肩に別の誰かを担いでいた。

「陛下、地下に、この男が捕らえられていました」

 黒ずくめの男は、担いでいた人物を床に横たえると、ローザの足元にひざまずいた。

「……あッ!」 

 ぐったりと床に横たわる男を見て、リューリは、思わず小さく声を漏らした。

 ひどく殴られたのか顔が腫れ上がって人相が変わっているものの、それは間違いなく、行方が分からなくなっていたというカルロだった。

「大変! 今、手当しますからね」

 ローザはカルロの半身を抱き起すと、彼の顏に手をかざした。

 二人を中心に、温かな力の奔流が湧き起こるのを、リューリも感じた。

 腫れ上がっていたカルロの顏が、ローザの「癒しの力」によって、見る見るうちに元の傷ひとつない状態に戻っていく。

 と、カルロが低く呻いて、薄らと目を開けた。

「ここは……?」

「大丈夫、何も心配要りませんよ」

 ローザの手を離れ、自力で起き上がったカルロは、自身の顏や身体に触れて驚いた様子だった。

「散々、全身を殴られた筈なのに、痛みがない……?」

「もしやと思ったが、ここに捕らえられていたとはな」

 先刻捕まえた魔術師と、その手勢を拘束し終わったジークとアデーレ、そしてウルリヒも、カルロに近付いてきた。

「大方、領主にとって都合の悪いものでも見付けてしまったというところか」

 ジークの言葉に、カルロは頷いた。

「……俺たちの徴収した税金が、本当に国庫に納められているのか確かめようと思って……俺たちが記録した報告書とは別に、国へ提出する為に誤魔化した報告書を見付けてしまったんだ。そこで領主様の手の者に捕まってしまった……」

「無茶をしたものだな。プリシラが心配していたぞ」

 リューリが言うと、カルロは肩を落とした。

「あんたたちに助けられなければ、俺なんて闇に葬られていただろうからな……結局は、何の役にも立たなかったか」

「そんなことはないぞ。君の失踪が、我々が動く切っ掛けになったんだ」

 そう言ってアデーレが微笑みかけると、カルロは僅かにではあるが安堵したようだった。

「それではジーク様、私は任務に戻ります」

 黒ずくめの男が言ったかと思うと、次の瞬間、その姿は消えていた。

「ジーク、あれは、誰なんだ?」

 リューリの言葉に、ジークは曖昧な微笑みを浮かべた。

「俺の部下ってやつさ。……後で、ちゃんと説明するよ」

 その時、玄関の扉が勢いよく開けられた。

「国税局の調査隊である! 領主のペドロ殿はいるか!」

 どやどやと入ってきたのは、揃いの制服を着た一団だ。

「おお、早かったな」

 ジークが、調査隊の指揮官らしき男に、ここで起きたことを説明した。

「偽の報告書については、この男に聞いたほうが早いだろう。時間的に、まだ証拠隠滅までは至っていないと思われるしな」

 そう言って、ジークは指揮官にカルロを指し示した。

「しかし、まさかハルモニエ王国先代女王陛下の御一行が、我が国の事件を解決されるとは……我々の不明に恥じ入るばかりです」

「この男は、領主の身近な者たちまで騙して巧妙に偽装していたということで、致し方ないところもあるかと思います」

 恐縮する指揮官に、ローザは言うと、拘束され床に転がされている魔術師に目をやった。

 魔術師は、呪文を唱えられないように布を噛ませて猿轡さるぐつわも施されており、もはや抵抗などできる状態ではない。

「この男には、我々も聞きたいことがあります。そちらの取り調べが終了してから、我が国に身柄を引き渡していただきたいのですが」

「承知いたしました。ハルモニエ先代女王陛下の御希望とあれば、国も反対することはないでしょう。後ほど確認させていただきます」

 指揮官が答えた、その時。

 転がされている魔術師が、苦悶の声をあげた。

 低く呻きながら身悶えする彼の全身を、青白い炎が包んだ。

「離れろッ!」

 叫んだジークが、ローザを横抱きにして飛び退すさった。

 リューリは咄嗟に呪文を唱え、燃え上がった魔術師の身体に大量の水を浴びせた。

 少し遅れて、ウルリヒも彼女にならい、水撃の呪文を唱えた。

 しかし、二人の呪文が生み出す水を浴びせられても炎が消えることはなく、魔術師の身体は瞬く間に僅かな燃えかすと化した。

迂闊うかつだった……これは、ただの炎ではなかったんだ。呪詛じゅその一つ……あらかじめ、一定の条件で発動するよう対象に仕込む邪悪な術だ」

 リューリは、魔術師の成れの果てを見下ろしながら歯噛みした。

「何者かが、口封じの為にでも、こいつを呪詛で焼き殺したということ?」

 ウルリヒが、顔を引きらせながら呟いた。

「こ、これは……?!」

 調査隊の者たちも、目の前で起きたことが信じられない様子で、ざわめいている。

「だが、これで、はっきりしたな。ここでの事件にも、『奴ら』が関わっている可能性が高い」

 ローザを抱きかかえたまま、ジークが言った。

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