第13話 露呈

「ふはは……言うに事欠いて、たわけたことを。そのような御方が、このようなところに自ら出向くなど、あろう筈もない」

 ペドロは嘲笑あざわらいながら言うと、懐から小さな筒のようなものを取り出し、口に咥えて吹いた。

 耳障りな笛の音と共に、屋敷の奥から十人を超える数の武装した男たちが、湧き出るかの如く現れた。

「高貴な御方の名を騙る不届き者どもだ! 切り捨てよ!」

 領主の声と共に、剣を抜き放った男たちがジークたちに斬りかかる。

 しかし、次の瞬間、ばたばたと倒れ伏したのは男たちのほうだった。

 かちり、とジークが剣を鞘に納める音が響く。

「ジーク様、お一人で全員倒してしまっては、私の修行にならないではありませんか」

 剣を手にしたアデーレが、少し不満そうな口ぶりで言った。

「すまん、つい、身体が動いてしまった。それと、峰打ちだから、こ奴らは気絶しているだけだ。骨の何本かは折れているかもしれんがな」

 ジークは、叱られた子供のように首をすくめた。

 一方で、その様を眺めながら、リューリは驚きに固まっていた。

 ――何が起きているのか、私の目では捉えられなかった……戦いの心得があるとは言っていたが、これは、達人どころではないぞ……!

「くくく……」

 手勢を一瞬で失って絶望するかに思えたペドロの口から、笑い声が漏れる。

「気が変わった。貴様らのような『優れた個体』は、魔法の素材に打ってつけだ」

 彼は再び懐に手を入れ、拳大こぶしだいの球体を取り出すと、床に叩きつけた。

 破裂した球体から黒い煙が湧き上がり、その中から一抱ひとかかえ以上の太さはあろうかという巨大な蛇が現れる。

「丸飲みなら、全身揃った状態で回収できるからな!」

 そう言い放つペドロの輪郭が大きく歪んだかと思うと、彼は魔術師風のローブをまとった小太りな男へと姿を変えた。

 ――こいつが、領主に化けていたのか! だとすれば、本物はもう……

 本物の領主は既に消されている可能性が高いと、リューリは歯噛みした。そして、彼女の中に、目の前の魔術師を許せないという気持ちが生まれた。 

 鎌首をもたげた大蛇が身を躍らせるのと同時に、その身体を稲妻のような閃光が包む。

 ウルリヒが電撃の呪文を唱えたのだ。

 衝撃で動きの鈍った大蛇に、すかさずアデーレが斬りかかり、その身体を寸断する。

「まぁ、息がぴったりですね」

 二人の鮮やかな連携を前に、ローザが微笑んだ。

「馬鹿な……ッ?! くそ、ここまでか!」

 領主に化けていた魔術師が、初めて狼狽うろたえる様子を見せた。

 ジークたちの力を見誤っていたというところだろう。

 ――こいつ、逃げる気だ!

 リューリは、咄嗟に呪文を唱えた。

「な、何だ……転移の魔法が発動しない……?!」

 魔術師の顏が恐怖に引きる。

 リューリが唱えたのは、一定範囲の「魔素」が動かなくなるという、魔法封じの呪文だった。

 当然、自分も魔法を使えなくなる、魔術師にとっては両刃もろはの剣と言える呪文だ。

「今、この一帯は『魔素』が動かない状態だ! つまり、そいつは裸同然の木偶でくぼうだ!」

 認識阻害の呪文も解除され、姿を晒したリューリは叫んだ。

 状況を把握したジークが、素早く魔術師を組み伏せる。

「リューリちゃん……どうして、ここに?! それに、君が『魔法封じの呪文』を……?」

 リューリの姿を認めたウルリヒが、裏返った声で言った。

 ローザとアデーレも、驚きの表情を浮かべている。

 ――分かってはいたが、面倒なことになりそうだな……もっとも、こちらとしてもジークたちに聞きたいことはあるんだが。

 何と説明しようかと、リューリは考えを巡らせながら頭を掻いた。

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