第12話 偽り

 低空飛行でジークたちを追跡しつつ、リューリは、これまでに得た情報を整理していた。

 風光明媚な土地で、観光により栄えていた、ここムルタ王国の片隅にある「フロスの街」。

 しかし、突然、宿泊施設に重税が掛けられた為、訪れる観光客に十分な対応ができなくなった結果、街は寂れてしまった。

 街の領主は、住民たちからも慕われるような人物だったが、増税の少し前から住民たちの前には姿を現さなくなった。

 領主の行いを国に直訴しようとしていた者はことごとく行方知れずになったと言われ、いつしか、そのようなことを考える者もいなくなった――

 ――明らかに、領主に何か異変が起きたと考えられるな。独断で増税して、それを国に直訴されることを避けようとしていたなら、余分に徴収していた金は自分の懐に入れていたのかもしれない――

 そして、リューリの脳裏に浮かんだのは、役人のカルロの姿だった。

 ――カルロは、過去にプリシラ一家に世話になっていたらしい。恩のある一家から多額の徴税をするのを心苦しく思っていた様子だし、帰る際に「取り立てを待ってもらえるよう上司に掛け合う」と言っていたのも気になる――

 ――ジークたちも、カルロの失踪と領主周辺の事情に繋がりがあると考えているのだろう。仮に、カルロが領主にとって都合の悪い何かを知ってしまったのだとすれば、消されてもおかしくない――

 そこまで考えて、リューリはプリシラの顔を思い起こした。

 ――プリシラの一家は、商売というのを抜きにしても、私たちに良くしてくれた。カルロに何かあれば、プリシラは悲しむだろう――

 プリシラが悲しむ様を想像して、リューリは胸の奥に、ぎゅっと絞られるような痛みを覚えた。

 やがて、ジークたちが領主の屋敷の門の前に到着したのを見て、リューリも地上に降りた。

 リューリは認識阻害呪文の効果を継続させたまま、彼らに近付いた。

 ジークが振り返ったのを見て、リューリは一瞬あせった。

「……どうも、物陰から見られているような感覚があるんだが。気の所為せいか」

 首を捻りながら、ジークが呟いた。

「あなたも、緊張しているのですね」

 彼の様子を見ていたローザが、ゆったりと微笑んだ。

「俺などより、君のほうが度胸があるからなぁ」

 ジークは片目をつぶってみせると、領主の屋敷の門番に声をかけた。

「領主殿にお会いしたいのだが」

 二人の門番はジークたちを一瞥すると、犬でも追い払うように手をひらひらさせて言った。

「領主様は、ただの旅行者などに、お会いにはならない」

「帰った帰った」

 門番たちの言葉に、アデーレとウルリヒは苛立ちの表情を浮かべた。

 しかし、ジークは動じることなく続けた。

「ゆえあって旅行者を装っているが、我々は、ハルモニエ王国の使者だ。火急の用件につき、領主殿にお目通り願いたい」

「ハルモニエ王国の……?」

 門番たちは怪訝そうに顔を見合わせたものの、門番の一人が、確認してくると言って屋敷に入っていった。

 リューリもまた、驚きに目を丸くしていた。

 ――領主に面会を求める為の方便なのか、それとも……?

 少し経って、門番は執事らしい四十がらみの男を連れて戻ってきた。

「お入りください。旦那様は、あなた方に、お会いになるそうです」

 執事の案内で、ジークたちは屋敷に足を踏み入れた。もちろん、リューリも彼らの後をついていく。

 見るからに上等な絨毯の敷かれた、広い玄関ホールは、掃除も行き届いている様子だが、リューリには、どこか薄暗く感じられた。

 ――増税で私服を肥やしているにしては、過度な贅沢をしているという程の派手さはないな。

 と、ホールの奥の扉が開いた。

 その奥から、護衛と思われる屈強そうな男たちを両脇に従えた、一人の中年男が姿を現した。

 貴族風の格好をしているところを見ると、彼が領主なのだろう。

 ――てっきり、もっと悪辣そうな男かと思っていたが。

 想像していたよりも、ずっと平凡で無害そうな領主の容貌に、リューリは少し拍子抜けした。

「これは、ハルモニエの使者の方々。遠いところから、ようこそおいでくださいました。私が、この『フロスの街』の領主、ペドロです。しかし、火急の用とは一体何事でしょうか」

 ペドロと名乗る領主は、人の好さそうな笑顔を浮かべた。

「堅苦しい挨拶は抜きにいたしましょう」

 ジークが口を開いた。

「あなたが国に無断で住民たちに重税を課し、あまつさえ、それを国に訴えようとした者を手にかけている疑いがあり、他国のこととはいえ、捨て置けぬと判断した次第です。それについて、領主殿から直接事情をうかがいたく」

 ――いきなりだな……もう少し、搦手からめてで行くかと思ったのだが。

 リューリが、はらはらしながら見つめる中、ペドロは笑顔を絶やさずに答えた。

「それは異なことを……こういう仕事をしていると、どうしても敵を作ってしまうものでしてね。私を良く思わない者が、あることないこと言っているのでしょう」

 そこまで言うと、彼は突然、真顔になった。

「そもそも、あなた方こそハルモニエ王国の使者などと仰っていますが、それを証明するものはあるのですか」

「――ジーク、もういいでしょう」

 黙って領主の言葉を聞いていたローザが言うと、ジーク、アデーレ、ウルリヒの三人は小さく頷いた。

「我が名は、ローザリンデ・ハルモニエ。ハルモニエ王国の先代女王である。そなたの怪しい振る舞いについては、既にムルタ王国の中央へ使いを出して知らせてある。間もなく、調査の手が入るであろう」

 ローザは、凛とした表情でペドロを見据えた。そのたたずまいは威厳に満ちており、彼女の言葉に疑いを差し挟むことなど許されない何かを感じさせる。

 想定外の情報に、リューリの思考も数秒間停止した。

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