第11話 できることをするのだ

 やがて、夕食の時間が来た為、リューリたちは宿の食堂に集まった。

「今日は、新鮮な魚を使った料理をお楽しみください」

 プリシラ一家によってテーブルに並べられた料理に、リューリたちは目を輝かせた。

 湖に生息しているという白身魚の切り身に小麦粉と香辛料をまぶし、こんがりとバターで焼いたものや、魚と野菜の旨味が出たスープなど、前日に比べると更に凝った献立だ。

「お子様には、こちらを」

 リューリの前に置かれた皿の魚は、小骨まで綺麗に取り除かれている。

「子供用は、食べやすくしてあるのか。いいなぁ」

 呟いたウルリヒに、アデーレが言った。

「ウルリヒは、魚を食べるのが苦手だからな。どれ、君の分は私が骨を取ってやろう」

「い、いいよ! 自分でできるよ!」

 ウルリヒが、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「ふ~ん、ウルリヒは、いつもアデーレに魚の骨を取ってもらっているのか」

 リューリが、くすりと笑って言うと、ウルリヒは溜め息をついた。

「いや、子供の頃だけだからね、リューリちゃん」

 その様子を、ジークとローザは、にこにこしながら眺めている。

 ――こういうの、家族みたいだな。

 生家では家族に疎外され、団欒だんらんなど無縁だったし、前世では師匠と過ごしていたものの、それはあくまで師弟という関係あってのものだった。

 「本当の家族」というものを知らないリューリではあったが、ふと、そんなことを思った。


 リューリたちは、プリシラ一家の宿を拠点に、のんびりと過ごした。

 しかし、景色は美しくても娯楽というもののない街で、三日もすると彼女は流石に退屈を覚えていた。

 三日目の朝、朝食を済ませたリューリたちは、外へ出かけようと玄関ホールへ出た。

 見るべきところと言われる場所は、大体見て歩いたのではないか――リューリが考えていた時、不意に入り口の扉が開いた。

 入ってきたのは、最初の日に会った、役人のカルロと同じ制服を着た若い男だ。

「あ、あの、税金の取り立てでしょうか」

 たまたまホールにいたプリシラの母親が、青ざめた顔で言った。

 気配を感じたのか、プリシラと、彼女の父親も宿の奥から姿を現した。

「いや、そうではない。この宿は、カルロの担当区域に入っている筈だが、最近、彼の姿を見なかったか?」

「カルロは、一昨日おとといの午後に来ました。持ち合わせがなく、お金は払えませんでしたが……」

 プリシラの父親が、身を縮めるようにしながら役人の言葉に答えた。

「そうか……実は、カルロの奴、今日は無断で欠勤しているんだ。よく調べてみたら、昨日の夜から宿舎にも戻っていなかったらしくて……」

「それは、変です」

 若い役人の言葉に、プリシラが驚いた様子を見せた。

「カルロは真面目な人です。無断で仕事を休むなんて、考えられません。ど、どこかで事故にでも遭ったのでは……!」

 落ち着きをなくしたプリシラの肩を、父親がなだめるように抱いた。

「悪いほうにばかり考えるものじゃない。だが、たしかに彼らしくはないな……」

「それについては、俺も同意だ。我々も捜索にあたるが……それでは、失礼する」

 そう言い残し、役人は慌ただしく出て行った。

 一方、ジークは話があると一行を呼び寄せ、相談するかのように小声で話している。

「中央からの返事を待つ時間はなさそうだな」

「では、乗り込みますか」

「彼が無事ならいいんだけど」

「滅多なことを言うものではなくてよ」

 皆が立ったまま話している為に、大人の腰くらいの背丈しかないリューリには、その内容は半分程度しか聞き取れなかった。

 ――何だか、穏やかではない雰囲気だな……

 と、ローザがリューリの側に屈み込んで言った。

「リューリちゃん、悪いけど、今日は、お部屋でお留守番していてくれるかしら」

「留守番? みんなは、どこかへ行くのか?」

「ちょっと、野暮用でな。我々が戻るまで、いい子にしててくれよ」

 そう言って、ジークはリューリの頭を撫でた。

 本当は、色々と尋ねたいことはあったものの、皆を困らせてしまうのではないかと考えたリューリは、大人しく宿泊部屋へ戻った。

 部屋の窓を開けると、宿を出て歩いているジークたちの姿が見えた。

 方向からすると、領主の屋敷へ向かっているらしい。

 ――みんなは、危険なことをしに行くのではないのか。だから、私を置いていったのだ。しかし、私は「ただの子供」ではない。何か、みんなの助けになることができる筈……

 リューリは、ベッドの上の毛布の中に、枕を二つほど潜り込ませた。

 触ったりしない限り、子供が毛布にくるまって眠っているように見えるだろう。

 そして、扉の取っ手には、部屋に置かれていた「起こさないでください」と書かれた札を下げておく。

 ――こうしておけば、私がいないことに気付かれるまで時間がかかる筈だ。

 彼女は、周囲の生き物の認識を阻害して自身の姿を見えなくする呪文を唱えた。

 更に、窓辺に立ったリューリは、飛行呪文を唱えて、ふわりと宙に浮いた。

 ――これなら、こっそり付いていっても気付かれまい。ジークには、気配を察知されてしまうかもしれないが。それにしても、この私が、誰かの為に何かをしようとするなんて、考えてみれば初めてかもしれないな。

 リューリは、ジークたちを追って飛び立った。

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