5 『この世は無情、月もまた。』
結局のところ、末端のまやしんは、変わり無く仕事にゆけていたが、食堂内は様変わりした。
まず、食器には、すべて、テーブルに密着する吸盤が付けられた。
調理用具は新調された。
みそ汁樽も、電子釜も新しくなったが、料理長は不満だった。
やはり、古い使い慣れた、鉄製の鍋や釜が1番なのである。
とはいえ、料理長は地球で幹部と喧嘩して、月に飛ばされた過去があり、もし、ここも罷免されたら、将来がない。
そうした意味では、まやしんは、気楽なはずであった。
しかし、なぜだか分からないが、一月後に、『アヤ』に、飛ばされたのである。
もっとも、賃金が上がっての転勤だから、栄転とも言えなくはなかった。
しかし、理由は定かではない。
仕事内容は、引き続きカート整理であり、まやしんを変える理由は見当たらない。
さらに不可解なのは、アンナも同時に飛ばされたのである。
こちらは、はっきりはしないものの、つまり、責任を取らされた形になったのである。
『かぐや』の中央管制員は、つまり、エリートである。
そこから、『アヤ』の、売上管理に回された。
販売の現場仕事も兼務である。
これは、エリート管理職から、転落したことを意味していた。
会社は、とにかく何人かを左遷したり降格したりして、体面を保とうとしたのである。
ひとつ駒を動かすと、やはり、連動は生まれる。
ささいな場所も。
それでも、まやしんは、寮が変わったものの、中身はほとんど変化がなかった。
ラーメン定食に手が届くようになったのだから、良いことだったわけだ。
しかし、ものごとは、そう楽なものではない。
まず、あのおばさまが、また、現れたのである。
といっても、それはもう、お客さまであり、貧乏そうな割には、つまり、地味な買い物しかしないが、それなりに、手持ちがあるらしかった。
正体は、誰にも分からなかったが、特に、要注意人物や行方不明リストにも当たらなかったのである。
一方、行方不明の社長さんが、地球で目撃された、という情報が幹部の間に流れた。
アマゾンの、とある街だったらしい。
いまや、地球最大の都市のひとつである。
その街で、また、分厚い調理器具や、こんどは、テーブルなども飛んで、怪我人が出たらしい。
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