今日も明日も幸せに過ごしたいと思って何が悪い!

海咲雪

本文

流行りのアイドルグループってあると思う。


今日も私の友達は高校の教室で、今流行りの女性アイドルグループについて盛り上がっていた。


「このナナミ、めっちゃ可愛くなかった!?」


「分かるー!!」


私の友達は私を含めて四人グループで、その中の二人の美彩みさ莉里りりがそのアイドルグループのファン……ということになっている。



実は私も好きだけど。



「あ、ごめん。私たちだけ盛り上がちゃった」


盛り上がっていた二人が謝ると、私ともう一人の友達である桃華ももかは顔を見合わせて笑った。


「全然大丈夫! 本気で気にしてない!」


まぁ、こんな感じで穏やかなグループで、今も言った通り本気で別に気にしていない。


二人が盛り上がっている時は、桃華と話したり、それぞれ好きなことをしてるし。


それに押し付けられるように、好きなグループを無理やり紹介されるより全然良い。




さて、では何故私もそのグループが大好きなのに、言っていないかというと……




『一人で楽しみたい派だから』




ただそれだけの理由。


桃華を置いていきたくないとかそんな深い理由がある訳じゃない。


だって、もし三人がこのアイドルグループを好きだと公言したら、逆にこのアイドルグループの話題が減って、普通に四人で盛り上がるような話題が増えるだけだと思う。


それ位の気遣いは出来るし、いま盛り上がっている二人だって新曲が出た時とかたまに盛り上がるだけで、いつも二人で話している訳じゃない。


本当にたまにだけ二人で盛り上がっている友達に、私も桃華も一つも苛立ってないし、一つも怒っていない。


我ながら、友達を見る目はあると思う。


つまり、何が言いたいかというと、シンプルに私が推し活を一人で楽しみたいのだ。


だって、バレたら「一緒にライブ行かない?」とか「今度、一緒に鑑賞会しよ!」とかは避けられない。


一人で楽しみたいと言っても怒るような友達ではないが、何となく言いにくいというだけ。


夏織かおり?」


桃華が私の顔を不思議そうに覗き込んでいる。


「ごめん! ぼーっとしてただけ」


「夏織って案外抜けてる所多いよね」


「そんなことないでしょ!?」


桃華にそう言いながら、私は時計を確認する。


昼休みが終わるまでまだ時間はあるけれど……私はお手洗いに行きたかったので、立ち上がった。


「ちょっとトイレ行ってくるー」


「「「はーい」」」


三人の声が偶然揃って、三人が顔を見合わせて笑っている。


「平和だ……」と思いながら、私はお手洗いに向かった。


しかし、ふと教室の出る辺りで5限目の授業が何だったか気になった私は、後ろを振り返った。




ドンッ!




私が急に後ろに戻ったせいで、人にぶつかったようだった。


「ごめん!」


慌てて謝りながら顔を上げると、同じクラスの藤原くんだった。


「俺も前見てなかったわ。悪い」


「全然大丈夫。それに今のは私が百パー悪いから」


すると、ふと足元のあたりにパスケースが落ちている。


私のものではないから、藤原くんがぶつかった拍子に落としたものだろう。


私は拾って、藤原くんに渡そうとパスケースに目を向けた。


「あ、ナナミだ」


藤原くんのパスケースに先ほど話していたアイドルグループのチェキが入っている。


櫻井さくらい、知ってるの?」


「有名だからねー」


私がそう軽く返すと、藤原くんが少しだけ不思議そうな顔をした。


「櫻井っていつも楽しそうにお弁当食べてるじゃん?」


「え、うん?」


「たまに会話聞こえるんだけど、知ってるならなんで言わないの? あ、全然悪い意味じゃなくて、ちょっと気になっただけ」


そう言った藤原くんは本当にただ聞いているだけのようだった。


だから、私は小声で「一人で推し活を楽しみたい派なの!」と言い返した。


「秘密にしたいとか深い意味じゃなくて、なんていうんだろう……推しは推し! 友達は友達! で分けたいっていうか……」


「あー、何となく分かるわ。俺も別にわざわざ公言してないし」


「……」


「櫻井?」


「いや、もっと否定されるかと思っただけ。友達に嘘ついてるって言われたら、それまでだし」


「嘘っていうか、言いたくないこと言ってないだけじゃね? 例えば、家族の職業とか好きな食べ物とかわざわざ言わないじゃん」


その藤原くんの優しさに、私はずっと感じていた申し訳なさをつい言いたくなってしまった。


「藤原くん」


「ん?」


「でも、実際心苦しくないって言ったら嘘になる……んだけど……」


「じゃあ、言えば?」


「急に軽くない!?」


「え、だって、それ位軽い話じゃね? 難しく考えずにしたいようにすればいいじゃん。推し活も友達との生活も楽しみたいだけだろ?……あ、ごめん。俺、先生に呼ばれてるんだった。そろそろ行くわ」


「え! こっちこそごめん!」


藤原くんが行ってしまった後に、私はゆっくりお手洗いまでの廊下を歩きながら考えていた。



言ってしまえば楽だけれど……本当は若干桃華のことも気になる。


でも、きっと気遣われる方が桃華も嫌だろうし。


あー、もう言ってしまおうかな。


そんなことを考えていると、藤原くんの言葉が頭をよぎった。



「推し活も友達との生活も楽しみたいだけだろ?」



そうだよね。


ただ毎日を楽しみたいだけで、楽しい時間を沢山過ごしたいだけ。


なら……




私は教室に走っていき、友達のところに戻った。




「ねぇ、みんな!」




美沙が驚きながら、返事をしてくれる。


「うお、夏織。急にテンション高いな。トイレ行ってきたの?」


「まだ」


「まだ!? 今まで何してたの!?」


「人生の楽しみについて考えてた」


「マジで急にどうした!?」




「私ね、さっき話してたアイドルグループ好きなんだよね」




「そうなん!? なんで言ってくれなかった!?」


「それは普通にごめん。推し活一人で楽しみたくて。ライブ映像を見るのも、グッズを集めるのも、全部一人で楽しみたい派」


みんな何も怒らずに、「めっちゃ一人好きじゃん!」とツッコミながら笑って聞いてくれる。


だからこそ……




「うん、推し活一人で楽しむの大好き。で、みんなのこともめっちゃ好き。だから、なんか隠し事したくなくなった! 私の心情的に!」




きっとたまには素直だって最高で。




「あ、それとさっき藤原くんを好きになったわ」




「「「!?!?」」」




ちなみにこれには恋バナが大好きな莉里が食いつく。



「それは詳しく聞きたい!」



「さっき好きになった。めっちゃ格好良かった。最高」



私は勢いのありすぎるマシンガントークを終えて、一息ついた。



「とりあえず、言いたいこと言ったし、トイレ行ってくるわ」



そこで桃華がついに吹き出した。




「夏織……ふはっ! 言いたいこと全部言って、気になる言葉を残して、お手洗い行くの!?」




「うん。だって、お手洗いは今行きたいし、みんなとは明日話す。『明日からも一緒だし!』」




さっき「平和だな」って、みんなを見ていて思った。


「幸せだな」って。


だから、今日も明日も大事な人たちの前で素直に笑いたいだけ。


毎日を楽しく過ごしたいだけだから。


だから、『今日』勇気を出そうと思える。




そして、お手洗いに行くために教室を出ようとする私を三人が呼び止めた。





「夏織、『明日』じゃなくて、『今日の放課後』続き聞かせてー!」





まだ今日の幸せは終わらない。





fin.

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