3話 どうせ男として見てないくせに

(こっちなら一番になれると思ってたのに、なんでいるんだよ。男子はいないのチラチラいるのにさぁ)


 つい心の中で悪態をついてしまうけど、それは仕方ないことだと思う。

 だって悔しいけど、七瀬は本当に可愛い。いや、可愛いと言うより綺麗という言葉の方が似合うだろう。

 その美貌は初めて見た時からこの僕が負けたと素直に認めるくらいに優れている。

 スタイルも抜群で出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるモデルスタイル。

おまけに文武両道で成績優秀、運動神経も抜群でさらには人当たりまで良いと来ている。


 誰に対しても物腰柔らかで丁寧な言葉遣いを崩さないし、容姿だけでは成り立たない品の良さも備えているのだから死角なしときたもんだ。

強いて欠点を挙げるとすれば若干無表情気味で、感情が読み取れないときがあることくらいだけど、髪色と相まって妖精のようなどこか浮世離れした雰囲気がある七瀬にとってはやっぱりマイナスにはならない。


前の世界では毎日のように告白されていたし、男子の少ないこちらの世界でも時たま告白されているらしい……まぁ、らしいってだけで、実際誰かと付き合ったという話は聞いたことないけれど。


(いっそ誰かと付き合っちゃえばいいのになぁ。そうすれば人気だって下がるだろうし)


 我ながら割とゲスな考えが頭に浮ぶものだ。

 だけど仕方ない。七瀬のことを考えると、自然とムカムカしてくるんだ。

 僕より可愛くて色々出来ると、そんな不条理な存在が許されるのか?

 いや、そんなはずは絶対にあり得……


「み、御門くんっ! 御門くん!」


「ん?」


 考え込んでいると、なにやら慌てた様子の新田くんが声をかけてくる。

 あぁ、そういえばまだ近くにいたんだなぁ。物思いにふけっていて気付かなかったよ。ごめんよ友人なんて内心謝るのだったが、


「前、前閉じて! すぐっ!」


「はぇ?」


 なにやらこちらを指差す新田くん。

 釣られるように彼の指が示す箇所に目を落とすと、そこにはいつの間にかボタンが全て外されて、シャツがあらわになった僕の胸元があった。


「ありゃ、どうしたんだろ。いつの間に……」


「いつの間に、じゃないよ! 御門くんが自分で全部外したんじゃないか! 皆見てるから、早く付けて!」


 言いながら僕の身体を隠すように手を広げる新田くん。

 そんな彼の手の隙間からは、先ほど以上の勢いでこちらをガン見しているクラスメイト達の姿が見える。


「み、御門くんがいきなりストリップを……!」


「ヤバい。写真撮っておけば良かった……!」


「ふ、ぅぅぅ。は、鼻血が、鼻血が止まらない……!」


 ……うーん、これは中々凄い光景だ。

委員長なんかは隣で鼻をハンカチで抑えているし、なんなら中には前かがみになってスカートを抑えている子までいる始末。


(考えてみれば、貞操逆転してるから女子からすれば僕は教室の中で下着を見せつけた痴女みたいになるのかな……いや、この場合は痴男? うーん、ややこしいなぁ)


 僕自身の常識は元の世界にいた時そのままなので、別にシャツを見せるくらいはなんてことないんだけど。

 とはいえ、流石にやりすぎた気もするし、とりあえず早くボタンを付けて……。


「御門くん」


 ただ一言。名前を呼ばれ、僕は反射的に顔をあげる。

 新田くんのものとは違う、明らかな女子の声。それも透き通った耳障りのいい、だけど何故か癇に障る綺麗な声だ。

 そしてその声の主を、僕は知っていた。


「なな、せ……」


「手は止めないで結構です。というか、止められたら困るので、早く付けてください」


 声の主――七瀬は、いつの間にか僕の席の前に立っていた。


「え、あの、なんで……」


「いいですから。早く。私も隠しますから、早く前をとめてください」


 ついさっきまで本を読んでいたはずだったのに、どうしてこっちに?

 そんな疑問を口にする前に、七瀬本人に止められ、そして急かさせる。

 言いたいことがあったけど、七瀬の口調には圧があり、なんとなく逆らえなかった。言われた通り、急いでボタンを留めていく。


「付け終わりましたか?」


「あ、うん。あとは最後のひとつだけ……って、七瀬?」


「はい? どうかしましたか」


 答えながらチラリと上を向くと、降ってくるのは七瀬の視線。

 大きな青い瞳がハッキリとこちらを見据えている。それが意味することは……


「……もしかして、僕がボタンを付けてるとこ、ずっと見てた?」


「ええ、はい。見てましたが」


「こういう時って、普通は見ないように隠すんじゃないの? 新田くんはそうしてるし」


 事実、僕の友人はボタンを付けてるところを見ないよう配慮してくれたらしく、向こうをむいて周囲に睨みを効きかせていたようだ。

 だから七瀬も同じようにするのが筋だと思うのだけど。


「まぁ、そうかもしれませんね」


「…………ひょっとして、僕のシャツに興味があったの? 七瀬って、案外むっつりなんだねぇ」


 これはチャンスだと思い、咄嗟に煽る。

 ついさっきまで興味ありませんといった顔をしていた優等生の弱みを掴めるのではという、淡い期待がこもっていたことは否定できない。

 慌てる七瀬が見れれば儲けもの、それくらいの感覚だったのだけども。


「いえ、見ていたのは興味というより、御門くんが制服ごと脱ぐのではという危惧からです。」


「え? 危惧? 制服? 脱ぐ?」


「ええ、はい。私、風紀委員ですので。流石に自分の教室で、そういったことをされるのは、非常に困ると言いますか」


 返って来たのはこれまた予想外の一言。

 しかも聞き捨てならない類の一言である。


「ちょっと待ってよ!? 脱がないよ!? 脱ぐはずないじゃん! 常識的に考えてさぁ!」


「常識では考えられない行動を取ったのは御門くんなのですが。教室で女子のいるなかボタンを外すなんて、普通の男子はしませんよ」


「うぐっ」


 そう返されるとぐうの音も出ない。


「た、確かに教室でシャツを晒したのは僕ではあるけど……それは無意識の行動であって、僕に断じて否があるわけでは……」


「無意識のうちに露出するのは明らかに危険な兆候があるとしか思えないのですが」


「うぐぅ」


「それに全部外す以前に、ボタンを外して見せていたじゃないですか。ああいった前振りがあった以上、やはり御門くんにはそういった願望を内に秘めている可能性が……」


「ないない! それはない! ないったらないから!」


 駄目だ。なにか言い訳しようとすると、墓穴を掘る可能性が今は非常に高い。

 

「とにかくこの話は終わり! 僕は正常だから! さっきのは気の迷いってことで!」


 さっさとお開きにするのが得策と判断し、やや強引ながら話を打ち切ると同時に響くチャイムの音。

 非常にナイスなタイミングだ。こちらの様子をうかがっていたクラスメイト達も、どこか名残惜し気ではあるけど各々席に戻っていく。

 勿論それは七瀬も同様で、小さくため息をつくと、僕にゆっくりと背を向ける。


「それならまぁ、いいんです。ああいった行動は、出来れば謹んで下さい。男子が肌を晒すのは良くないことですので。御門くんも外見は女子ようではありますが、それでもやはり男の子ですからね」


 そして最後に忠告を残して七瀬は去って行く。

 その後ろ姿もやっぱり様になっていて、なんとなく悔しい。


「はぁ……」


 僕は気付いていた。

 アイツが、七瀬が、僕の下着を見ても、顔色ひとつ変えてなかったことに。

 それはつまり、七瀬は僕に興味がないか、もしくは男として見てないってことで。


「なーにが御門くんも男子だよ。僕になんて興味ないくせに」


 そんなやつの忠告は、素直に受け入れる気にはならなかった。


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見た目超絶美少女な男の娘の僕が貞操逆転世界に転移したので女の子たちをオスガキムーブでからかっていたら、学園の女神様に分からせられて躾けられちゃってる件 くろねこどらごん @dragon1250

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