2話 ムカつく女

「…………あー、そういえばさ。昨日見た動画でイケメンがね……」


「そ、そういえば私、他のクラスの子に用事があったんだ。行かないと」


「ごほ、ごほ。私はノーマル。私はノーマル。決してガン見してたわけではないしほんとだし」


 ほんの僅かな間を置き、再び騒がしくなっていく教室内。

 だが、交わされていく会話のどれもがわざとらしい。教室を出て行く子もチラチラいるけど、本当に用事があるわけでもないのだろう。ただ単純に、この場の空気に耐えられなくなっただけなんだと思う。


(ふふっ、分かりやすいなぁ。皆、可愛いね)


 僕から視線を外して会話を再開させていくクラスメイト達のことを優しい目で見てしまうのは、思い描いていた通りの反応をしてくれたからに他ならない。

 なんせこの世界は貞操逆転世界としてはまだ未発達の状態だ。

 異性と付き合いたいという女性が未だに大多数を占めており、女性同士で付き合っている人たちはそこまで多くないとされている。

 そんななかで男子ではあるものの、女の子のような見た目をした僕は彼女たちにとっては性欲を向けるのは抵抗がある存在であるというわけだ。


 さて、せっかくなのでここで改めて僕の容姿に触れさせてもらおう。

 カラスの濡れ羽のような光沢のある黒髪を背中まで伸ばし、紐でひとつに縛っているのが個人的なチャームポイント。

 目は大きくてくりくりしており、まるでいたずらっ子のよう。

 上背は男子としてはそこまでないけど、顔立ちはひどく整っている。どれくらいかと具体的に例を挙げると街を歩けば10人中10人が振り向くくらいだ。

 朝挨拶してきた子たちが黄色い声をあげていたのも、僕の顔が凄くいいから。

 すこぶるいい。めちゃくちゃいい。ハイパーいいとも言っていいだろう。


 とどのつまり、超絶に顔がいいのが僕、御門伊織という人間である。

 「嫌みか?」と思う人もいるかもしれないけど、事実そうなんだから仕方ないのだ。

 持ってる者は妬まれるのが世の常。だからそこに関しては別にいいし、むしろ謝ってもいい。

 むしろ謝らせて欲しい。顔が良くてごめんね!ってね。ふふふ……。


 さて、冗談はこのくらいにしておくけど、僕の顔の良さは所謂イケメンというたぐいのそれではないことは既に気付いてもらえていると思う。

 さっきも言ったけど、僕はどこから見ても女の子、つまり美少女の顔立ちをしていた。

 中性的な美少年という言葉があるが、僕の顔はとにかく女性側に寄っていたのだ。

 僕の性別を知らない人からすれば、どこからどう見ても女の子にしか見えないだろう。

 今は男子の制服を着ているから見分けはつくけど、女装をすればバレることは絶対ないと断言できる。

 クラスメイト達も今はもう僕について慣れていたし、学校での僕はそれなりに有名だから女子と間違えられることはないのだけど、初対面の人にはほぼ100%の確率で女の子に間違われ続けた人生だった。

 そのことについてコンプレックスを持ったこともなければ、特に悲観したこともない。

 だって顔がいいのは確かだし、それで損をしたこともないからね。

 元の世界でも僕は小さい頃から両親をはじめとした周りの人たちに、可愛い可愛いととにかくチヤホヤされてたし、僕もそれに合わせて愛想よく振る舞うのを良しとしていた。

 それは小学生になっても変わらなかったし、中学でもそう。

 女子の間ではマスコットみたく扱われてたし、男子は僕の容姿にドギマギして、丁重に扱ってくれることが多かった。

 なんせ嫌われたりしないよう、積極的にコミュニケーションを取りにいってたからね。

 そういう立ち回りの仕方はその頃にはすっかり学習していたし、容姿は女子のものとはいえ、内面はれっきとした男子であるから、彼らをどうすれば手玉に取れるかなんて考えるまでもなく分かる。


 ……まぁやりすぎて告白されたことも何度かあるけど、それについて触れるのはやめておこう。

 僕としても黒歴史だし、あまり思い出したくない負の記憶だ。

 とりあえずあっちにいた時でも、僕はそれなりに満足できる生活を送っていたのは確かだった。



 ――――でも、それでも。この世界は最高だ。


 そう声を大にして言い切れるのは、この世界において僕が女子かられっきとした男子として見られているから。

 向こうでは女の子からはマスコットとして可愛がられていたけど、男として見られたことはほぼなかった。

 だけど、この世界では僕は数少ない男子だ。

 女子からは明確な欲望を向けられるし、あわよくばみたいな下心を感じることは決して少なくない。


 そんな彼女たちの注目を浴び、 自分のいいようにコントロールするのは快感だった。

 ある意味初めて味わうこの心地よさに酔っていないかといえば嘘になるし、女子をからかうのが癖になりつつある自分がいた。


(うーん、我ながら性格悪いよなぁ)


 でもさ、ほら。僕がやってることって、要はサービスじゃん?

 誰も悪い気持ちにはなってないんだし、まぁ良くない。ウィンウィンの関係ってやつだようん。

 そんな誰に向けてるかもわからない言い訳を思わず述べてしまうのは、僅かながら罪悪感を抱いている自分がいるからかもしれない。

 だけどやめられない止まらない。こんな気持ちのいいこと、辞めたら損だ。

 そんな風に自分を正当化していると、ふと視界に映るものがあった。


(む……)


 それは、銀色の髪。ひどく綺麗なその髪は、僕の心に不満という名前の影を落とす。


 そいつは僕のことを見向きもしなかった。

 今だけじゃない。前の世界からそう。かつての世界で、そして今の世界でもなお、その女子は僕のすぐ近くにいる。

 他の気まずそうな様子を見せるクラスメイト達とは一線を画すかのように、こちらに一瞥もくれなかったそいつは、今もなお自分の世界に入りこんでいるかのように手にもった本のページをめくっていた。


(……ほんと、ムカつく)


 七瀬白亜。銀色の髪を僅かに揺らすその横顔は、かつての世界で学園の女神様の異名を欲しいままにしていた時と変わりなく、ただそこにいるだけで存在感を放っていた。

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