1話 貞操逆転世界でサービスする僕

 貞操逆転世界というものをご存知だろうか。


 男女の貞操観念が逆転して、男子が異性に消極的になり、女の子が積極的にアプローチするようになる。そんな世界を貞操逆転世界って言うんだ。

 つまりとにかく男子と付き合いたい肉食系女子が大量にいるという、一部のモテない系男子にとっては夢のような世界だね。


 そんな世界に、僕こと御門伊織は転移してきた。

 まぁ正確には転移してしまったって言ったほうが正しいんだけど。

 なんせ朝起きたら昨日までの常識が通用しない世界になってたんだもん。

 あれには本当にビビったもんだ。いつも通り朝のニュースを見ていたら、最近は男性の痴漢が急増しているとか男性専用車両で通勤してるから安全で助かってますなんておっさんがインタビュー受けるシーンが映ってるんだからね。

 なんのギャグかと思ったけど、大真面目にコメンテーターの人が近頃は見境のない女性が増えたとか言い出すもんだから、流石に笑いようがなかった。


 その後、すぐにスマホで検索してこの世界が僕の今までいた世界とは違っていることを知った。

 とはいえ、常識以外はそこまで変わっているわけではなかったようだ。若干男子の数は少ないけれど、よくある貞操逆転ものみたく、この世界は男女の比率が壊滅的というほどではなかったしね。

 クラスメイトの大半はそのままだったし、男女の割合も4:6ってとこらしい。いや、最近3:7になったんだったかな? 

 まぁどっちでもいい。大事なのは、僕に直接的な被害があるかどうかだ。

 

 調べてすぐに分かったけど、こっちの世界は元の世界と同じく自由恋愛が基本だった。

 流石に男女比が世界レベルで偏り始めたことに危機感自体はあるらしく、重婚制度も一応検討はされているけど、所詮そこ止まり。

 人類滅亡までの道筋がうっすら見え始めてる程度では、強制ハーレム制度即執行となるわけじゃないらしい。


 仮に実装されるとしても、まだ結構な時間がかかるという見解がほとんどだ。

 将来の問題として取り上げられてはいるけど、この世界は貞操逆転世界としては黎明期、あるいは過渡期に差し掛かっている時期ってことなんだろう。 

「あれ? このままだともしかしてヤバくね?」とは内心思っている人は多いのだろうけど、問題を先送りしている。そんな印象を僕は受けた。


「ま、僕としてはそっちのほうが助かるけどね」


 将来的な破滅が見えているのに動かないというのはどうかと思うけど、別世界の住人兼転移者の肩書きを持つ現役高校生としては、実にありがたいことだと思う。

 ぶっちゃけ世界の危機とかどーでもいいし。ていうか、何も知らないうちにこっちに来た身で強制ハーレムになるなんてごめんだし。

 僕はゲームの勇者でもなければエロゲの種馬にだってなりたくない。

 女の子にモテたいって男子は多いだろうけど、選択の自由と引き換えにするにはちょっと対価として釣り合ってないと思うしね。

 学校までの通学路を歩きながら、ひとりうんうんと頷いていると、横から声をかけられる。


「おはよう、御門くん!」


「おはよ!」


「あ、うん。おはよー」


 通り過ぎがてら僕に挨拶してくる女の子たちにニッコリ笑顔を作って挨拶を返すと、「キャー!」と黄色い声が聞こえてくる。

 僕に返事をしてもらえて、嬉しかったんだろうなあ。あんなにあからさまなリアクションを見ると、こっちまで嬉しくなるんだから僕も大概現金な人間だと思う。


「自慢じゃないけど、僕は顔がいいもんね」


 口に出してる時点で自慢してるだろ、なんてコメントは受け付けない。

 朝から良いことをしたことに気分が良くなりつつ、僕は学校に到着する。

 そして自分のクラスにたどり着くと、そのまま席へと向かう。特に何の変哲もない、いつも通りのルーチンだ。


「おはよ、委員長」


「う、うん。おはよう御門くん……」


 隣の席のクラスメイトに挨拶をすると、挨拶を返して貰える程度にはコミュニケーションだって取れている。

 順調にこの世界に馴染めていると言ってもいいだろう。チラチラとこちらに視線を向けてくる委員長の視線を意識しながら、僕は薄い笑みを浮かべると、シャツのボタンをひとつ外した。


「ふぅ、それにしても、今日は暑いねぇ」


「っ!?」


 そして空いた胸元を見せつけるようにして、パタパタと手で扇ぐ。

 途端、大きく目を見開いて僕の胸元を見てくる委員長。実に予想通りの食いつきを見せたことで、僕は思わずにやけてしまう。


(ふふっ、見てる見てる……)


 いつも真面目な隣人が、まるで飢えた獣のような視線を浴びせてくる。

 その事実にゾクゾクしていると、友達の新田くんが話しかけてくる。


「あ、あの。御門くん」


「ん、なに新田くん」


「その、あまりそういうことはしないほうがいいよ。皆見てるし」


 言われて周りを見てみると、確かにさっきまで朝の喧騒にまみれて騒がしかった教室内がいつの間にか静まり返り、視線がこちらへと集中している。

 主に見てくるのは女子だが、その目はどれも真剣そのもの。中にはフーフーとまさに獣のような荒い息をしている子までいた。


(フフッ、まったく、シャツをチラ見せしたくらいでこの反応かぁ。貞操逆転世界さまさまだね)


 元の世界ではまず考えられないリアクションだけど、そこは貞操逆転世界。

 こっちでは男子のTシャツが、女子のブラジャーに相当するのだ。

 つまり僕のやってることは男子の前でブラをチラ見せしてるに等しい。

 まぁそりゃ見るよねって感じだけど、加えてこちらの世界は男女比が偏っており、それもあってか向こうの世界より住民の性欲が強い傾向にあるようだ。

 要するに女子の大半は男に飢えており、チラ見せサービスを見逃すなんてあり得ないってわけ。


(そんな彼女たちに下着を見せてあげるなんて、僕って凄く慈悲深いなぁ)


……まぁなかにはたったひとり、リアクションを見せないやつもいるけれど。

 そのことが若干気に喰わなくはあるけれど、せっかく気分が良くなってきたからそいつのことは思考から除外することにして、軽く頭を振りながら僕は新田くんへと目を向ける。


「んー、別にいいんじゃないかな。僕は特に気にしてないし」


「いや、でもさ。前から言ってるけど、御門くんは無防備すぎるよ。そんな風に女の子にシャツなんて見せてたらいつか……」


「はは、大丈夫だって」


 心配してくる友人に軽く笑いかけ、そして言う。


「だって僕ってじゃん。どう見たって男に見えないし、そんな僕に興奮する女子がいたら、その子は変態さんじゃんね」


 僕の言葉に、教室の時が確かに止まった。

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