第163話 本の価値
「これで終わりだな。もうこんな時間か」
「早かったですね」
ルノポールの指輪屋はやはり何度も足を運んでいるのか、プレシアナさんも新しく入った物だけを中心に見ていたので、帰る事に渋る事なく指輪屋を後にした。
「それで明後日には帰る予定という事だが、明日はどこに行きたい?」
「あっ明日も案内してもらえるんですか?」
「あぁ、それぐらい面倒みると言っただろ。私もどうせ暇なんだ」
「じゃあ、書物、本を売ってる場所とかあります?」
「あぁあるが、本を買うのか?」
「はい、指輪の能力や名前が書いている本が欲しいんですが、ありますかね?」
「あるにはあると思うが、かなり高いぞ本は。それが指輪の能力となると個人が所有するもんではないだろ」
「高いって言っても小銀貨数枚ですよね?」
「そんな訳あるか、指輪の名前が書いているのだからそれは鑑定いらずという物だぞ。どのぐらいの物かにもよるが、金貨数十枚はいるだろ」
「えぇ!?」
そこで、既にあの出発の時点でライラに騙されていたのかと驚く。だって僕は小銀貨1枚で売ったのだから。
「そういうのはギルド酒場などで、貸し出しているのを金を払って見せて貰ったりするもんだぞ」
「そうなんですね・・・うわ~・・・あー・・・」
これには今までで一番後悔だ。
「小銀貨で本気で買おうと思ってたのか・・・?」
「ちょっと色々あって、そういう類の本を持ってたんですよ。でも、冒険に出る時に邪魔だと思って、価値も知らなかったので言われるがまま・・・小銀貨1枚で売ってしまいました」
「それは、気の毒だな」
もしかしたら、あの時点で僕はライラさんに天秤にかけられていたのかと思うと―――悔しい気持ちが思い起こされる中、無知という事が余りにも不利益を被ることだと改めて思い知った。
「まぁ指輪の能力の本も千差万別。学者や鑑定士が集まってまとめた精度の高い物から、冒険者などが経験から書いた穴だらけの物まで色々とあるからな。ちなみにノエルが持っていた物はどういう類の物だった?」
「かなりの名前の数が書かれ、それに付随する能力もですね。それが嘘かどうか分かりませんが上下2つで成り立っている、上の方でした」
「ふむ・・・。話を聞くかぎり高価だと分かる物だな」
「はは・・・。えぇっと本の価値が分かったので、本はやっぱりやめておきます」
「そうか。本も指輪と同じく、高価だから気軽に見せて貰える場所はないからな。それ以外に何かあるか?」
「えぇっと・・・―――あっじゃあ、靴とか服のような身の回りの物がみたいです」
靴も雪が降り出し、すぐにしみ込んでくる為にそれなりの素材の物が欲しい所。服もここには暖かそうで動きやすそうな服があるのならば、1枚ぐらいは買って置きたい。
「いいぞ、それならば明日も任せてくれ」
それからその日の夕食も、プレシアナさんおすすめのルノポールの街中にある酒場へと足を運ぶ事になった。
◇
翌日目が覚めたのは、鐘の音や寒さからではなかった―――。
「んん・・・暖かい・・・」
「んっ、朝か・・・」
「朝・・・ですね・・・えっ」
―――それとは正反対。暖かさや柔らかさといった物が体や手から感じ、少しの寝返りの打ち辛さを感じて目覚めた。
目覚めた時、僕の独り言に返事をする人がいるのだと遅れて気が付く。
「おはよう」
まだ目は開けていないのだが、聞き覚えのある声を間近で聞き恐る恐る目をあけると―――。
「今日も一段と寒いな・・・」
「プ、プレシアナさん!?」
大きな瞳が僕を見つめていた。体は抱きつくような体勢で、ほぼ目と鼻の先という例えの距離そのものだ。
「やはり、人と眠るのは温かいな」
「えっ、えっ・・・あれ」
「どうした?」
「えっ、えっ、なぜ一緒に・・・あれ・・・。いや、そうか、あれ?―――」
別に酒に酔っていた訳ではない事を思い出しつつ、昨夜の事を思い出した。
プレシアナさんの案内で酒場へといき、指輪の話で盛り上がっているとプレシアナさんの冒険者仲間もいつの間にか集まり大いに盛り上がった。
そんな所で雪がひどくなってきてしまい、その酒場と併設する宿屋に泊る事になったが同じように一緒に盛り上がった冒険者もそうする為に、部屋が1つしかとれず―――うん、思い出してきた。
―――部屋が1つしかとれないとなり、僕とプレシアナさんは相室になったが僕は壁を背に座って眠るつもりはなかったはずだ。
そのぐらい、まだ警戒心は残していたはず。なのに、なぜ今僕はベッドの中でプレシアナさんに抱きついているのだ。
「ふふ、やはり寝ぼけていて思い出せないか?」
「ごめんなさい、僕寝る前はまだ信用してないとか失礼な事を言った覚えはあるのですが・・・なぜ今こうなっているのか・・・」
「普通に深夜潜り込んできたぞ?襲ってきたかと思って、どう対処しようかと思ったが・・・一言目で暖かいとか言って身を震わせていたから、こうやって暖めて一緒にだな」
「・・・申し訳ないです」
「別にいいさ。だが、一応これで私は信用に値すると解釈してもいいのだな」
こちらを見ているプレシアナさんの目は、どうだといった勝ち誇るような目をして僕を見て笑っていた。
「えっ、あはは・・・言い返す言葉もないです」
もうばっちり目が覚めているのに、背中の布団の隙間からくる外気の寒さを感じて、この温もりを手放せずにいるのだから言い訳は無かった。
それに石鹸のいい匂いもする。こうやって人と抱き着くのも初めてなのだが、ぴったりと体と体がくっつくんだなと不思議な感覚だ。
トールが一人で寝る時は人肌が恋しいといった意味が分かった気がした。
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