第164話 帰り支度

「そ、ろそろ出ますね」


「まだ朝の鐘もなってないだろ、ノエルは早起きなのか?」


「そういう訳では・・・、流石に、目が覚めましたし」


「ここの布団は薄い。ノエルが居なくなれば私も寒いんだ、今日も街を歩くんだもう少し寝ていよう」


「・・・はい」


プレシアナさんの着ている服の素材の良さの肌触り、体温からくる温もり、そして服ごしに感じる肌の柔らかさに僕は抗えずにそう返事をして、いつの間にかまた眠りへと落ちていた。




次に目が覚めた時はしっかりと朝の鐘の音だった。


先ほどと同じように、プレシアナさんがいる事と2度寝を簡単にしてしまった事に驚きつつも目を覚ました。


「ぐっすりだったな、私より寝付くのが早いとは思わなかった」


「・・・面目ないです」


布団から出ると、抱き着いていた事に恥ずかしさと、自分の警戒心の薄さに気が滅入る。


そう言えばトールと初めて2人で野営していたあの時も、結局ぐっすり眠っていたかと思えば僕の警戒心の薄っぺらさが浮き彫りになる。


まぁ仕方ないかと前向きな気持ち半分、また僕はいつだれに騙されてしまうなと反省をして、これも教訓にいれておく。




ただ一緒のベッドで寝た事に少し気まずさを感じて、僕の接し方がぎこちなくなってしまった事を朝食の時に咎められる。


抱き合って暖をとる事は別におかしな事ではないと言うのだ。


「―――野営などは当たり前にするぞ。明日目を覚ませるかの時に誰もそんな事は思わないだろ」


「・・・ふむ」


「ここトリスタルなら尚更当たり前の事だ。現に暖かさを感じただろ?それに薄着の持たざる者たちがこの寒空の下、毎日朝を迎えれているのは人が多いおかげだぞ」


「なるほど・・・」


さも当然の事だと言われつつも、持たざる者たちの話を出されると納得していく。そんな最中―――


「ただ、同じ部屋で男女二人っきりはそうあることではないがな」


「やっやっぱり!?」


「ふっ」


最後の最後に、また僕をからかう様な目つきで笑いその話は終わった。




ただ、同じ宿屋という事でその日は早くに街へと繰り出す事になった。


「それで、買い物だが―――どうだノエル、ルノポールで冒険者をやろうと思ってきたか」


「率直ですね。そうですね、今日の時点で騙されていたのなら、僕は身ぐるみを剥がれていた状態で外に転がっていたでしょうし」


「買い物する前に、聞いておかなければ邪魔になったり今買わなくてもいい物もあるだろうが―――。私の胸にうずくまっていた癖にどの口がそんな事を言ってるんだ」


「いひゃひゃ・・・すいません」


頬をつままれ、引っ張られるが僕の気持ちは既にルノポールで生活していく気が半分あるようになっている事に気が付いた。


「でも、ルノポールに来る気にはなったか」


「はい、本来なら断わる理由は無い条件でしたから。―――でも、一度ベニチュグには戻って良くしてくれた人には挨拶はしておきたいので」


「そうか、ノエルらしいな」


正直、このままここに残ってもいいのだが―――そうできない理由はテレポートの登録地点だ。あれを残してきている今、ベニチュグには絶対に帰らないといけない。


それにトールやルダの事だってあるし、一応ダグラスや良くしてくれた冒険者達にも話はしておきたい。


「では、手土産なんかを買っておくか?」


「あぁいいですね。あっでも高い物は無理ですね、それよりも自分の身の周りの物に使いたいので」


「ふふっ、一応金の事はしっかりとしているようだな」


「そこは、そうですよ」


これからの方針を聞きつつも街を案内され、自分の服や靴などを買い足し、古い物は売ったりと荷物の整理をしつつ揃えていった。


北帝国で数えた時は大銀貨2枚と小銀貨8枚と諸々だったはずが、帰り際に使いこみ、トールと分け合い、依頼報酬で増やして、今日また使う。


北帝国では鉄や銅といった金属が安い事から、爪のナイフを手放したのもあり鉄製のナイフを購入。それに石鹸やハチミツという蜂が集める甘い蜜を買った。


ルノポールでは、ウールの肌着やウールのチュニック、革製のしっかりと出来ているブーツを購入。それとチーズに帰りの道中用の食料。後は羊皮紙とペンとインク。


一応ダグラス達にと、プレシアナさんがアリオンさんの商会の伝手を使いそこそこ高そうなお酒を一瓶、小銀貨3枚で融通してくれた。


結局手持ちは大銀貨2枚と小銀貨2枚と銅貨が4枚となり、手にした金額よりも使った方が多くなるがそれなりに持ち物を揃える事が出来た為に、これも旅の一環だとして満足出来た。




朝から動いていたはずなのに、気が付けば昼の鐘はとうに過ぎている頃合いだ。


「思ったよりも一気に使ったな」


「そうですね。結局次にルノポールへ来るのが冬が空けた後と思うと買っておかなければという気持ちになってしまって」


冬の間のベニチュグからルノポール間を移動は現実的ではないという事で、僕がルノポールに移住するのは雪解け後という話に落ちついた。


その頃になると、ベニチュグからルノポールへは船でも行き来できるようになるし、一人で来るにしても安全だろうという話だ。


「そうだな。んっ、―――ちょっとノエル、待っていてくれ」


「えっ、はい」


帰りがけ、昨夜と同じ酒場へと向かう最中にプレシアナさんは僕へと声を掛けると、一つの店へと一人で歩いていき―――戻ってくる時には僕が今巻いているような青のストールを持って戻ってくる。


「ノエル、これを」


「これを?」


「船での礼だ。シルクとウールを組み合わせている物で軽いが暖かいぞ」


「えっ、僕にですか?」


「本や指輪はちょっと買う余裕は私にもまだなくて、これで申し訳ないが受け取ってくれ」


「えぇっ、もう街を案内してもらったりと十分お礼は受けました、それにシルクって高い事はプレシアナさんに教えてもらったんですが・・・」


「いや案内は元からここに来る予定が無かったための事だ。これは私個人での礼として受け取って欲しい」


プレシアナさんの目が、ルダが僕にお願いした時のような真剣な目をしていた。その目から目をそらす事が出来ずに、僕は差し出されたストールへと手を伸ばす。


「・・・ありがとうございます。大事にします」


そして直ぐに今着けている物を、鞄へといれて買って貰ったストールを首に巻く。


素材が違う事で肌触りもさることながら、大きさが前のと同じなのに遥かに軽い。それにシルクが混ざっているおかげで風の通りが悪く、暖かさを感じる。


「すごい暖かいです!」


「気に入って貰えて良かった。何にすればと悩んでいる内にノエルはぽんぽん自分で買い進めて焦っていたからな」


それから僕らはまた酒場へと行き、この2日間でプレシアナさんには警戒心を無くした僕はいつもよりも饒舌になっていると自分でも気が付きながらも、楽しい夜を過ごした。

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