第三章 第三話
四月に入り、僕は正式にクリエイター支援部に配属になった。担当はエキサイティングサーチ、通称エキサという動画投稿のグループだ。
そして、僕は今日、エキサのメンバーの撮影スタジオであるマンションの一室に向かっている。
マップのアプリを頼りに辿り着くと、そこには二十五階ほどのマンションが聳え立っていた。初めてタワーマンションというものに入るため、僕の胸は高鳴ってしまっている。
こんなところでエキサは撮影を行っているのか。
エキサのマネージャーとして配属されたため、毎日ここに通うことになる。しかし、しばらくの間は絶対に慣れないと思う。
エントランスの中は暖かな間接照明で照らされている。壁にはカメラとテンキー、呼出ボタンだけがあるインターフォンと、外と中を隔てる自動ドアがある。
カメラがぎろりと睨んでくるインターフォンに近づいた。部屋番号を入力して、鳴らすタイプのインターフォンだ。部屋番号を間違えるなんて失態は絶対に犯してはいけない。
僕はスマホを取り出して、昨日エキサの前任のマネージャーからメッセージアプリで送られてきた部屋番号を確認した。
『1504』
エキサが撮影場所にしている部屋だと確認した。僕は間違いがないように一桁ずつ数字を打ち込み、呼出のボタンを押した。
『はい。どちら様ですか?』
聞いたことがある男性の声がインターフォンから放たれた。少し声が籠って聞き取りづらかったが、きっとエキサのメンバーであるしゅんだ。
間違いではなかったことに僕は心の中で安堵し、カメラに向けて軽く会釈をした。
「今年度からお世話になります。横塚康介と申します」
『あ、横塚さんね。これからよろしくお願いします。じゃあ、ドア開けるので早速部屋まで来てださい』
ピーという電子音と共に自動ドアが開かれた。僕はカメラに向けて、「失礼します」と頭を下げると、ロビーに入っていった。
ロビーは大きさに比例するような豪華な装飾で彩られている。
少し離れたところではバーカウンターのようなものがあり、見たことがあるウイスキーなどのボトルが幾つか並んでいる。そして、四角いソファが置いてあるところでは、四十代くらいの女性が座りながら談笑している。
どこか場違いなような気がして、僕はロビー内を早歩きで通り抜け、エレベーターがあるところまで向かった。上へ向かう矢印のボタンを押すと、すぐにエレベーターのドアが開いた。
中に入って、僕は閉じるボタンと十五階のボタンを押した。ドアが閉じ、重力に逆らって上に向かっている感覚に襲われながら、エレベーターの中を改めて見る。種類はわからないが、綺麗なタイルが敷き詰められており、ドアの向かい側には縦長の鏡が設置されている。安いスーツに身を包んだ僕の姿が、反射して映し出された。
やはり場違いかもしれない、と僕は思っていると、いつの間にかエレベーターのドアが開いていた。
エレベータ―から出て、部屋を探していると、すぐに『1503』号室は見つかった。
僕は『1503』号室のドアの前に立って、ふうと大きく吸い込んで、吐き出した。
―――過激な動画を投稿する上に、毎日投稿をしているからな。きっと大変だぞぉ。
不意に玉川さんに言われたことを思い出してしまった。あの可哀想な目で見ながら笑ってくる玉川さんの表情が頭から離れない。
部屋は汚いのだろうか。
奇声を上げて動画を撮っているのだろうか。
裸で暴れまわっているのだろうか。
嫌な想像が脳裏をよぎる。
だが、ここで後戻りはできない。僕は『1503』号室のインターフォンのボタンを押した。
『横塚さんですよね。どうぞー』
がちゃりと鍵が開く音が鳴り、僕はドアノブを手に取った。ドアの向こう側は魔境だろうと覚悟を決めて、僕は瞬きをしてから玄関を見た。
「え」
と僕は驚きの声をあげてしまった。
玄関は思ったよりも綺麗だった。四人分の靴のつま先がこちらを向いており、丁寧に揃えられている。そして、無駄な装飾はない。
僕が玄関をじっくりと見ていると、僕の元に歩いている足音が聞こえてきた。顔をあげると、そこには僕の中学時代のクラスメイト、だいすけが立っていた。
「久しぶりだな、コウ」
「久しぶり、大輔」
相も変わらず、高身長でイケメンの大輔は慣れた様子で僕に手を差し出し、僕に握手を求めてきた。
そんなことを気軽にできるところは相変わらずだな、と思いつつも、僕はその大輔の手を思い切り掴んだ。
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