第三章 第二話
カンッ。
ビールの瓶の栓が抜けた。瓶の先端から白い泡がふわふわと上がってくる。僕はぼやけた眼で眺めながら、自分の耳に届いてくる血液の流れを感じていた。
「コウ」と呼ばれて、僕ははっと正気に戻った。僕の目の前には同期の山中広樹が赤い顔をしながら、僕のほうに水が入ったコップを差し出してきていた。
「いくら厄介な上司から逃れられたからって飲みすぎだろ」
僕はコップを受け取り、水を呷った。そして、コップをテーブルの上に叩きつけると、じろりと広樹の顔を睨み、僕は自分の顔の周りを指でぐるぐると回した。
「真っ赤。お前も真っ赤じゃんか」
「俺は肌に出やすいだ~け~。お前ほど酔ってない」
と言いながらも、広樹は両手と頭を同時に上下運動させている。視線だってこちらを向いていない。
この会社に入ってから何度も広樹と飲みに行っているが、かなり酔っている時に見せる行動と完全に一致している。
僕に水を差しだしてきたくせに、自分は今開けたばかりの瓶ビールを自分のグラスに注いでいる。シュワシュワと音を立て、コップの縁までビールの泡が昇ってきている。
「でも、良かったな。一年で玉川から解放されて」
「総務部に来る前、玉川さんは広樹の部署にいたんだもんな」
「それも二年間もな。あいつが初めての上司だったと思うと寒気するぜ」
「言い過ぎ。飲みすぎ」と僕は言いながら、広樹がもう一つ用意していた水が入ったコップを差し出した。そのコップを広樹は乱暴に受け取ると、一気に飲み干した。
ぷはー、と広樹は空気を吐きだして、満足そうに笑った。広樹は大卒でこの会社に就職したから、四歳ほど年上のはずだ。
だが、酔った時の言動がとても二十五歳には見えない。
「それで来年度からクリエイター支援部だよな。花形部署じゃんか」
「よく言われるけど、僕は全然嬉しくないけどね」
「そうなのか?」
広樹が目を丸くして、僕を見た。僕がこくりと頷くと、広樹は手に持っていたビールジョッキをテーブルに置いた。ジョッキの中の泡がいくつか弾けた。
「今日、クリエイター支援部に挨拶行ったけど、かなり疲れてそうだった」
「花形部署だしな。仕方ないだろ」
「だよな」と僕は笑い、コップにまだ残っていたカシスオレンジを呷った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます